時計

水泡歌

第1話 時計

 ある日、ぼくが目覚めると、家中の時計がなくなっていた。


 枕元にあった目覚まし時計も机の上にあった腕時計もテレビに表示されるあの時計もすべてがなくなっているのだ。


 ぼくの家族は時計がなくなったことによって時間を知ることが出来なくなり、うろたえていた。


 お父さんはニュースをじっと見ているし、お母さんは家の中をうろうろ動き回っている。


 お父さんが見ているうしろからニュースを見てみると、どうやらぼくの家だけではなく、世界中の時計がなくなってしまったらしい。


「この騒ぎじゃ学校は休みかな」と、ぼくは思った。


 妹もそう思っているらしく、制服から私服に着替えていた。とてもうれしそうな顔をしている。


 ぼくは外に出てみた。


 外に出てみるとサラリーマンの人がカバンを持ってうろうろしていたり、駅ではいつ電車を出せばいいのか駅員さんが相談していたりした。


 何しろすべての時計がないのだ。今まで時間によってすべてを決めてきたぼくたちがうろたえるのは当然である。


 しかしぼくは、なんだか楽しかった。自由を感じた。


 まわりを見わたしてみると若い人たちはなんだかいきいきした顔をしている。


 ぼくははじめて気が付いた。ぼくたちは時間にしばられていたんだと。


 朝になれば起きて顔を洗い、歯をみがき学校に行く。


 学校ではずっと時間を決められ、その時間内で行動する。


 帰ってきたら帰ってきたで塾にいったり、勉強をしたりしなければならない。


 大人になったらなったで朝から会社に行き、仕事をしてまた帰ってくる。


 ぼくたちは自分らの決めた時間による行動によってしばられているのだ。


 今まではあたりまえだと思っていたことが急にいやになった。


 しかし、このまま時計がずっとなくなっていたとしても、人々は何かによって、また、物事を決めていくのだろう。


 人は自ら時間にしばられにいくのだ。


 だけどぼくは今は違う。今は時間がわからないことをうれしく思い、この瞬間がずっと続けばいいと思っていた。


 そして夜がきた。


 今日は学校が休みになった。テレビ番組もずっとニュースをやっていた。


 ぼくは明日もこんな日が続くのかとわくわくしながら寝た。


 しかし、次の日になると時計は元通りにいつもと同じ場所にあった。


 ぼくはまた時間にしばられることになったのだ。


「あの1日は何だったんだろう」と、ぼくは思った。

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