第6話 鍵は無慈悲な氷の女王
024「我らが天使を助けなければな」
「ニシキ~~~!!! 今マデどこに居たんダヨ~~!!!」
ドワン号は、両目からオイルの涙を滝のように流しながらニシキにすがりついてくる。……もちろんホログラムだからすり抜けるのだが。
「ごめんね、ドワン号。でももう、どこにも行かないよ」
「ウォオオオ~~ン( ノД`)」
ドワン号は、例のごとく顔に顔文字を浮かべる。
クリストファーをめぐる事件から、二週間後。
ニシキはクリストファーとともにクローンの楽園を去り、コウやドワン号たちのいるトラックへと帰還した。
クリストファーもシェルターへと戻っていった。次にニシキに会うのはきっと、フジ・シェルターでのライブということになるだろう。
「それより、次のライブはいつ?」
「明日ノ夜からヤロウ!」
「えっ」
「一カ月も待ったンダ! ステージはいつでも準備バッチリダヨ!」
「……わかった」
こちらだって、準備ならとうに出来ていた。
あの国で得たもの、見てきたもの、そのすべてを披露する覚悟はできている。
「なんだか、雰囲気が変わったね」
壁に寄りかかっていたコウが、快活な笑みをこちらに向ける。
もう、その瞳に怖気づくことはなかった。
「次のライブは、いままでとは全く違うものになりますよ」
ニシキは笑う。心に灯るのはかつてと同じ闘争心ではなく―—1人の
❅
時は七日前に遡行する。
ニシキとクリストファーが施術室から出ると、巨大な水槽の部屋には、クリストファーたちが勢ぞろいしていた。
「やっぱりこうなったかのう」
そこにいたのは、長老クリストファーや、影武者委員会のクリストファーたちだけではない。今までこの国で出会ったクリストファーたちが一堂に会していた。
「まあ~~~……。おぬしがこやつの部品化を止めるなら、この実験はやめじゃのう」
そう言って長老クリストファーは、「開発中断」と書いたテープをでかでかと水槽に貼りつけてしまった。
「シェルターに対抗する手段を他に考えなければなりませんね」
「まあ、ボクたちが本気を出せば、すぐ別案ぐらい出てきますよ」
「伊達に天才が集まっていませんからね」
「確かに、だいたいのことは何とかなるな」
影武者委員会のクリストファーたちも口々に言った。皆、同じ黒い服を着ているのでいよいよ個体の判別がつかない。
「それよりも今は、我らが天使を助けなければな」
長老クリストファーが、白く長い髭を撫でる。
「こんな国にわざわざ来たということは、なにか求めるものがあるのであろう?
この国の者どもはワシも含め、基本的におぬしのことしか考えておらん。研究をするのは国の維持のため、国を維持するのは自由のため。そして自由は、おぬしという存在を思うがまま愛すためにある。ならば我らの脳細胞はおぬしが求めるものを手にするため、国を挙げて全面協力しよう」
「全面協力……ですか?」
「以前のライブを見るに、いまのおぬしに必要なのは新曲じゃろう? それを見つける手伝いをワシらがするつもりじゃ」
「あの、でも新曲はいつも、どこかの遺跡からボカノ曲を探してこないといけなくて……生身のみなさんじゃ……」
「ふむ。発掘」
そう言うと彼は、細い瞳でちらりとニシキを
「では問おう。そもそもなぜおぬしには、発掘することしか、旧世界の音楽を見つける方法がないのじゃ?」
「え……?」
そんなことを考えたことがなかった。
発掘する理由を聞いてくれたなら、すぐに応えることができただろう。つまり、発掘するしか旧世界の曲を見つけられないからだ。
それはニシキにとっての大前提であり、初期状態であり―それを疑ったことなんて一度もなかった。
「よいか? おぬしに発掘しか手段がないのは、
「じゃあ長老さん、まさか……」
「うむ。ワシら全員がその気になれば、旧世界ネットに接続するなど、造作もない。そうすれば新曲など探し放題じゃて」
細い瞳が、いたずらっぽい光を放つ。
「でも、旧世界のネットなんて、いったいどうやって復活させれば……?」
「復活させる必要はない。誰もがアクセスの仕方を知らないだけで、ネット自体は生きておる。偶然にも、それに接続できてしまったものもおるしのう……」
そう言って長老はちらりと、ちびっこクリストファートリオに目をやった。
ちびっこたちは一瞬きょとんとした顔をし、そして同時に声を上げた。
「「「あーっ! あの格闘ゲーム!」」」
それでニシキもようやくピンときた。
大きく吸いこんだ息とともに、高揚が胸を満たしていく。
それから一週間後。
ゲーム機の通信システムをもとに、旧世界のインターネットが密かに復旧した。その出来事は、のちに『文明最後の情報革命』と呼ばれ、人類存続の限り語り継がれることとなる。
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