021「何かをこの国は隠している」

 そして再びクリストファーは、ニシキの前から姿を消すこととなる。


 姿を消す直前の夕暮れ。彼はニシキにファンクラブへ寄せられたファンレターのデータを渡した。


「このタブレットに表示しておくので、見たくなったら読んでください。ニシキさんでもスクロールできるように、特殊加工してありますので」


 ニシキは当初、それらに目を通すことを避けていた。すっかり癒しにあふれた暮らしに馴染んでしまっていたので、アイドルの仕事を思い出すものに触れたくなかったのだ。

 しかし、それから三日、再びクリストファーの姿が消えて、ニシキはたまらずファンレターを読むことになる。


 それらには、こんなことが書いてあった。



 はじめまして。

 ミナトク・シェルターで、はじめてニシキさんのライブを見ました。それから毎日、百回はあなたの歌を聞いています。

 私事ですが、俺は毎朝五時に起きます。

 それから二時間配達をして、パンを食べながら移動、昼間でまた配達をして、昼飯を食って、午後はちょっと仕分け作業を手伝って、また配達。夜は家に帰って、飯をつくって、食って、お湯を浴びて、寝る。

 働かないと食えないけれど、働くために食っている気もする。こんな時代なのだから、それしかないのだと考えていました。食うことと、働くことで一日がずっと終わっていて、生きることだけが俺の人生だった。

 だから、ニシキさんのライブに来ていた人だかりを最初見たとき、「なんて呑気な連中だ」と思ってしまった。

 もちろん今は違います。ライブで会った人たちと、休日に遊ぶことも多いです。一緒に配信を見たり、勝手にグッズを作らせてもらったりもしています。

 あなたの良さを表現する言葉を、俺はまだ見つけ切れていません。


 それでもどうしても伝えたいのは、あなたの歌を知ってから俺は、世界は生きるに値すると、そんなふうに思えるようになったということ。

 それから、これからも負けないで、どうか頑張ってほしいということです。

 次のライブも楽しみにしています。

                                                                森ノ内ケイ






 例のファンレターは、ちゃんと届けてくれたかしら?

 それとライブお疲れ様。

 アタシの大好きな彼ほどじゃないけれど、アンタのライブもまあまあだったんじゃない?

 教えたことも、ちゃんとマスターできているみたいだし。強いて言えば、歌に集中しすぎていて表情が硬かったけれど、そんなのは些細なことだわ。徹夜で特訓させた甲斐があったかもしれないわね。


 あと、あなたってステージの上に立つと、意外と彼に似ているのね。水色の髪がきらきら輝いて、声もちょっとアタシの好きな声だったから、驚いちゃった。

 次またこちらのシェルターに来たら、ちゃんと顔を見せるように。

 それまでしっかり、頑張ってね。

                                                                   アンデリカ





 ニシキはひとつひとつ、それらのメッセージを読んでいく。

 どのメッセージも、「これからも応援しています」だとか、「次のライブも楽しみです」などと、未来への期待が綴られていた。


(……そんなことを言われたって、ボクはコウに勝てる訳じゃないのに)


 それでも、メッセージを読んでいるうちに、いつまでもこの国にいる訳にはいかないと思うことができた。


 アイドルを辞めるなら辞めるで、ちゃんとファンの前で謝って、ラストライブを盛り上げなければならない。勝手に消えていなくなってしまったら、ドワン号にも迷惑がかかるだろう。


 となれば、フジ・シェルターのクリストファーとともに、そろそろこの国から出なければならない。


「……よし」


 ニシキはクリストファーを探しに出かけた。

 キャンパスは一つの街のように栄えていて、歯車で動く機械のダチョウに乗った国民が、せっせと食糧を運んでいる。朽ちかけたビルの窓からは、洗濯物が朝陽を浴びてセピア色にはためいている。


 そのときだ。ふと時計塔を見上げたニシキは、ガラスの文字盤の奥、時計の内部に彼とそっくりな背丈のクリストファーの姿を見つけた。


「あの……! クリストファーさん!」

「えっ?」


 しかし彼は他人の空似ならぬ、本人の空似であった。

 振り返ったその人物は、ニシキの探すクリストファーと前髪の分け目が異なっていた。


「えー……。会長さんの居場所かあ……」

 

 彼はフジ・シェルターのファンクラブ会長クリストファーではなく、ツシ・シェルターから来た人物であり、ここでは絡繰り屋をしているらしい。


「ボクは見かけていないなあ。でも、時間屋のお兄ちゃんなら話せる、、、かも」



 そうしてニシキは、時間屋(国内外の時計を違法に操作して、時間を売り買いする業者)のクリストファーの元へむかった。


「会長さんの居場所ねえ。隣のビルの、影武者協会の奴なら知ってるかなあ」

 

 仕方がないので、今度は影武者協会(クリストファーによるクリストファーの影武者を用意する役者団体)の本拠地に向かう。


「えっ。フジ・シェルターの彼? 俺からは何とも……長老さんに聞いてくれよ」

「長老さんなんていたんですか……」


 ニシキは結局、小さなその国をぐるりと一周歩くことになった。


「ふむふむ。あやつの居場所じゃな。この場所に行けば、おのずと分かるじゃろう」

 ニシキはぐったりと項垂れながら、長老から地図データを受け取った。ちなみにこの長老クリストファーとは、ニシキがこの国にやってきたときに出会った例の老人のことであった。

 それにしても、どうしてどのクリストファーたちも、会長クリストファーのいる場所を言いよどむのだろうか。

 居場所を知らないというよりはむしろ、「ニシキに居場所を教える」という行為を、別の誰かに押し付けようとしているかのようだ。


(何かをこの国は隠している)


 どうにもキナ臭い。

 ニシキは地図に示された場所へと急いだ。


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