019 『これからも永遠に変わらないってこと』
「あ、あの、ボクたちみんな、ニシキさんと遊びたいので、抽選で当番制になりました!」
「なので今日は、ボクたちと遊んでください!」
二人のクリストファーがそう訴え、もう一人のクリストファーも必死にこくこくとうなずいていた。
(か……かわいい……)
ニシキよりむしろ、ファンのほうがよっぽど神対応なのかもしれなかった。
その夜ニシキは、幼きクリストファーたちと対戦ゲームで盛り上がった。その格闘ゲームは、なんとクリストファーたちの自作らしい。Eggの開発者はやはり幼くても神童なのか、恐るべき科学力の高さだった。
「あの……。このゲームって、どういう仕組みで通信しているんですか……? 特にシェルター用のネットには接続していないみたいですが……」
「それがねー。ボクたちにもよく分からないんだ」
クリストファーは、三角形のコントローラーを握ったままそう答えた。
「ほんとうに、どこのネットで通信できているんだろうねー」
「どうせどっかのシェルターのローカルネットだろ」
「……いまだに謎」
残る二人も口々にそう言いながら、鮮やかなコンボを決めてゆく。のちにこのゲームのシステムこそが、ニシキを大いに救うことになるのだが、彼らはまだそれを知らない。
「ひっ、こんな連続攻撃、どうやって避ければ!?」
「あれ。にしきさん、〈コンボ抜け〉しないんですか?」
「なんですかそれ! 知らないです!!」
涙声とともに、ニシキのアバターはたちまち敵に撃墜される。
ゆっくりと時間が過ぎていった。
いつのまにかニシキはアイドル活動のことも、コウのことさえ忘れていた。
❅
それから一カ月。ニシキは数々のクリストファーたちとともに、穏やかな日々を過ごした。
あるときはおじさまクリストファーと、氷点下でも咲くよう品種改良したパンジーを植えた。あるときは女装クリストファーから、化学繊維の美学について半日聞かされたこともあったが―—そのどれもが新鮮で、楽しかった。
一カ月目の夜、ニシキはシフォンケーキのようなベッドにもぐりながら、クリストファーたちのくれた安らぎのなかで目を閉じていた。
満たされている。
満たされすぎて、分からなくなる。
(博士……。『ボク』とは結局、なにをするための個体なのでしょうか)
パンジーを植えたり、ゲームをするだけでもちゃんと楽しいのだ。
アイドルである自分にこだわらなくても、幸せなら小さなビー玉のように、世界中に転がっているような気がした。
『博士、ボクを応援してくれるんですか?』
この声は夢か記憶か。遠い日の自分が、博士にそんなことを言っていた。
『もちろん。ニシキの素敵なところを、世界で一番良く知っているのは、私なんだから』
『えへ……えへへ……』
『お、ニシキもなかなか、良い顔で笑うようになってきたじゃないか。アイドルにだってなれそうだよ』
『ほっ本当ですか……?』
『うんうん、遺跡から音楽だけ発掘して、歌ってさ。人気が出てきたら、ファンクラブとかも立ち上げるんだ』
『ファンクラブ……。ファンクラブって、何人ぐらい居るものでしょうか』
『世界一有名な〈虚構体〉を目指すなら……五十万人はいるんじゃないかなあ。そのときは年会費ももらって、私の研究費の足しにさせてくれよ』
博士はわざと邪悪に微笑む。
けれどニシキはぎゅっと、エプロンドレスの端を両手で掴んでいた。
『博士……。ボクを好きになってくれる人なんて、そんな沢山いるでしょうか……』
『いるよ。だってニシキは、私の理想の存在なんだからね』
それはあまりに何気ない声で灯された言葉だった。ニシキはこのとき込み上げてきた何かを、大切に秘めるように微笑んだ。
『ありがとうございます、博士』
『うん。……じゃ、とりあえず私が会員0号になろうかな』
『会員0号?』
『うん。ファンクラブには、会員証ってやつがあるんだって。多分、こういうかんじの』
博士はそう言って机の上に置いてあった、六角形の平べったい装置に、きゅっきゅと油性ペンで落書きをしていった。
『あのう、それ、開発中の装置だったのでは……?』
『いいんだよ。それよりほら見て』
博士は手のひらサイズのその装置を、ニシキのほうへとかざす。
鋼でできた勲章型の装置には、手書きで『ニシキファンクラブ 会員ナンバー0』と書かれていた。
『あえええ……』
『ふふふ。これで私は永遠に、ニシキのファン0号だ』
『永遠、ですか』
『そうだよ。これからニシキのファンがどれだけ増えても、いつか私がくたばっても、私がニシキのファンだってことは、これからも永遠に変わらないってこと』
そう歌うように言った博士は、どんな顔をしていただろうか。
どうしてだか、もう思い出せないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます