014「アタシは運がいいんだと思う」
歌いだしは静かに、ゆっくりと。しかしその歌声は前奏へと向けて一気に音圧は上がっていき、聴いたこともない旋律を奏でる。
(まさか……ここに来て新曲……!?)
いつのまにこんな曲を発掘していたのだろう。
青と黄色のレーザーライトが交差して、すべての光を従えたコウは、いつもに増してスター性を放っていた。
花火の歌だ。
そう直観できるほどに、弾けるようなメロディーもコウの力強い歌声も、夏めいた鮮やかさを轟かせていた。
まっすぐなバンドサウンドが空に向かって響き、ピアノが線香花火さながら儚い灯を紡いでゆく。
ニシキは歴史書でしか花火を見たことがない。いまや世界に夏はなく、空を彩るためだけの火薬など過去の贅沢品だ。
けれどこのとき―—ニシキの眼前には、確かに花火が見えた気がした。
観客たちも同じだったのだろうか。コウを見つめる人々の瞳は、光を見ようと空を見上げる眼差しそのものだった。
(そうか、これは、恋の歌でもあるんだ……)
大輪を咲かすような声が弾け、曲が最高潮に達したとき、ニシキは彼女がこの曲を選んだ真意を悟った。
この歌は花火の歌であり、恋しい誰かと、一つになることを願う曲。
だからコウがこの曲を歌えば、彼女のファンは、間違いなく感情移入できるのだ。
コウが歌ったのは、花火の虚構だけじゃない。彼女に焦がれ、一体となることを願う
「ありがとうございました! H■lyosyさんで、Fire◎Fl■werでした!」
熱狂の余韻が会場を焦らす。
(こんな化物に、どうやって勝てば……)
ニシキは舞台袖で茫然と立ち尽くすばかりだった。気づけば退場してきたコウが、ニシキとすれ違おうとしていた。
「……いつ、こんな新曲を?」
「さあ、いつ発掘したと思う?」
彼女はどこかあやしく笑い、ニシキは背筋を震わせる。どこまでも魅力的な声なのが癪だった。
そうしてその日の投票結果は、言うまでもない。
氷河期派 54259
砂漠派 87368
―—夏の虚構の、圧勝だった。
❅
「ボカノ曲は、夏の曲がすごく多いんだ」
トラックの住居に戻ったコウは、ニシキのつくったバーチャルナポリタンを食べながら言った。
「そうだよね、ドワン号?」
「ソノ通り! 発掘された
「だから、アタシは運がいいんだと思う。たまたまアタシというAIには生まれたときから『砂の■星』や、『F■re◎Flower』が保存されているファイルにアクセスできたんだからね」
「生まれたときからなんて、そんな都合の良いこと……」
「ありえるんだよ。まあ……『アタシ』は『何だってできるヤツ』だからね。仕方ないね」
「……ボクを慰めているつもりですか」
ニシキはじとりとコウを見上げた。
どこか影のある優しい瞳も、困ったように垂れ下がる金色の眉も、とびきり心を掴む造形で――どこか博士に似ているから、よけいに調子を狂わせる。
だいたい、そんな都合よく夏ボカノ曲が入っているフォルダにアクセスできたなんて、ふざけている。普通なら絶対にありえないことだ。
「慰めているつもりなんてない。だってニシキは、普通にやればアタシなんか簡単に圧倒できるアイドルだろう?」
「いつもそう言いますけど……。まったく意味が分かりません。現時点でボクに圧勝しているあなたが、どうしてボクの勝利を確信しているんですか」
「それはもちろん、知っているからだよ」
「何を」
ニシキが語気を強めると、コウは感情の読めない笑みを浮かべて言った。
「ニシキが持っていて、アタシには絶対マネできない能力をだよ」
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