第4話 推しを告ぐ者

010「ひっ……あ、あ!」

 

「デハ今回モ、恒例の投票タイムだーッ! ライブ配信を視聴のミンナモ、送信フォームカラ投票してネ!」


 ドワン号がステージの中心で声を張り上げると、観客が一斉にランプを点灯させた。

 青色がニシキ推し―—今は氷河期だと主張する人々。

 黄色がコウ推し―——世界は砂漠だと主張する人々。

 ドワン号は搭載された色覚センサーで、ただちにそれぞれの〈票〉を数えていく。

「出マシタ!」

 ジャン、という効果音とともに、ステージ上のモニターに票数が表示された。


 氷河期派 42425 

 砂漠派  84805


 ニシキは無言でモニターを見つめていた。

 コウと出会ってから二週間。コウは日に日にニシキの〈票〉―—今は氷河期だと答える人数―—を上回っていった。

 持ち曲はたった一曲だというのに、その一曲で常にニシキの人気を凌駕する。理不尽なまでのカリスマ性、あるいは英雄のような勢いがあった。


 ミナトク・シェルターでのライブ以降、コウもドワン号の運転するトラックに乗って、ともに各地のライブ会場を巡ることになった。ニシキたちの旅にいきなりコウが割り込んできた訳だが、ドワン号は彼女のことをどこかで知っていたらしい。馴れ馴れしい態度で快く仲間に加えたどころか、「この二人でボカノを復興させルゾー!」と毎日意気込んでいるありさまだ。


(どうしてコウに勝てないんだろう)


 隣で歓声を浴びているコウを見やっては、そう思わずにはいられなかった。

 まず、コーラスが画期的だ。

 最近のコウは「砂の■星」のコーラスに、人間の声を使用している。各シェルターを去るときに、観客に歌ってもらって録音しているのだ。

 参加型であり技巧的。ニシキの常識では、コーラスとはボーカル本人の声を重ねるものだった。けれど旧世界のコーラスは、もっと自由だったのかもしれない。コウは自分の機械音声と、人間の声を重ねることで独特の奥行きを創りだすことに成功した。

 そして何よりも脅威となるのが―—やはり観客との一体感。

 コウは老若男女問わず人気だった。対するニシキのファン層は、相変わらず男性に偏っている。

 この差はキャラクターの相違だけではなく、観客との距離感の違いにあるとニシキは考えていた。「遠くから眺めて可愛いパフォーマンス」と、「いっしょに盛り上がれるパフォーマンス」は明らかに質が違うのだ。

 

 コウの歌声は擦れていたり荒っぽく、こちらに迫ってくるような迫力と艶がある。対するニシキは氷河期をコンセプトにしているので透明感がある代わりに、ショーウィンドウのなかに飾られているような距離感が生まれてしまうのだ。


(ボクの歌はならボクの持ち曲というより、歌い方が問題……?)


 どうにかニシキらしさを損なわないまま、観客に迫る強さのような――切実さのある歌い方はできないだろうか?

 ステージから退場しながら、ニシキはそんなことを考えていた。

 自分の持ち曲も見直してみる。

 ニシキのセットリストはたいてい、「D■YBREAK FRONTLINE」→「濫觴(らんしょう)■命」→「回る空う■ぎ」→「■z」そして最後に「Alice in 冷■庫」だ。

 特に「DAYBR■AK FRONTLINE」や「U■」はアップテンポで畳みかけるようなピアノが特徴となっている。この二曲なら観客との距離をぐっと縮めることもできるはず。

 それでもコウに及ばないのは、ニシキの歌い方に何かが足りないからなのかもしれない。

「ニシキ、どうしたの」

 退場後。コウに顔をのぞきこまれ、思わずギョッと跳び上がる。

「……なんでもないです」

 ニシキはついっと目をそらした。 

 コウの声も顔も博士にそっくりで――確かに魅力的だと思えたことが悔しかったのだ。

「このぐらいで負けた気になっちゃだめだよ」

 ふいにそんなことを言われて、ニシキは瞳の奥をゆがめた。


「……負けじゃないですか。今日もあなたの圧勝です」

「そんなことはない。ほんらいニシキの力があれば、アタシなんか簡単に負かせるはずなんだ」


「え……?」


 ニシキは思わずコウを見上げる。

 けれど彼女は、次のひとことを噛み砕くように悪戯っぽい笑みを浮かべては、そのまま楽屋を出て行ってしまった。

 ……いったいどういう意味なのだろう。

 ニシキがコウに勝つ方法を、彼女はとっくに知っているのだろうか。


「ニシキ! あきらめちゃダメダヨ! ここからニシキは逆転するンダ!」

 トーキーをそう喋らせてみたけれど、かえって虚しい心持になった。

 しかし、ぼぅっと廊下に立ち尽くしていたニシキは今コウが出ていった出口の扉が、わずかに動いたことに気づいた。

(風で開いたのかな)

 いや、風で開くほど薄い扉でもないだろう。

 目を細めて扉を見つめると、扉はギギギ……と恐る恐る開かれている。

 誰かが、扉の後ろにいるみたいだ。

 ニシキは、扉の方へと駆け寄ると、扉の裏をのぞきこんだ。


「ひっ……あ、あ!」


 そこに隠れていたのは、銀髪の少年だった。

 歳は十五歳ぐらいだろうか。

 地面にへたり込んだ彼は、白い肌を真っ赤に潮紅させてニシキのことを見上げていた。


「あなたはまさか、クリストファーさん?」

「え、ぁっ……」


 少年はしきりに口をはくはくとさせる。

 銀色の髪に、緑色の瞳。

 間違いない。やはり彼は、このシェルターのクリストファーなのだ。

 シェルターごとにクローンの育成計画が異なるので、このシェルターでは十五歳ぐらいなのだろう。


(にしても、性格まで全然違うな……)


 一卵性の双子の性格がまったく同じではないように、同じ遺伝子を持つクローンも、同一の性格を持つとは限らない。ミナトク・シェルターのクリストファーは天真爛漫だったが、ここのクリストファーはかなりの人見知りのみたいだった。

「怖がらないでください。……あなたも、ボクに会いたくて来てくれたんですよね」

 ニシキはそっと屈んでクリストファーに視線を合わせる。

 すると銀髪の少年は地面にへたりこんだまま、顔を真っ赤にさせてうなずいた。


「……そうです。ボク、ニシキ推しで……っ!」

「う、うん」


 突然の告白にびっくりするとともに、数秒遅れて、高揚が心臓コアを高鳴らせる。


 ミナトク・シェルターのクリストファーといい……ニシキはクリストファーたちに好かれる素質があるのかもしれない。


「コウさんもかっこいいけど、でも、ボクはネットでライブ中継視たときからずっと、ニシキのことが好きだったから……だから、ニシキの役に立ちたくて……」

「ボクの役に?」

「うん。ニシキの歌……頑張ればもっと、迫力出る。けれどニシキ、その方法を知らないだけ……」

 ニシキが目を瞬かせると、クリストファーは意を決したように言い放った。


「ニシキ、ボクの友達に会ってみてください。あの子に会えばきっと、ニシキの力になってくれるはずです……!」

 クリストファーの瞳がぴかぴかと、夕陽で潤むように輝いている。


 そうしてニシキは、自分の歌声を抜本的に変える人物と出会うことになる。

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