005「あの人も、きっと歌うつもりだ」

 ラスト一曲を歌い切ったニシキは、満ち足りた思いで会場に手を振り続ける。

 そうしてようやく思い出した。

「そっ、そうだ! 最後にみなさんに、聞いておきたいことがあるんでした!」

「「なーーにーーー!?」」

「えーっと、いまの曲は、ボクの代名詞でもあるお気に入りで……冬を歌った曲なんですけど……。この曲、ちゃんとこの氷河期に、ぴったりでしたかねえ……? なんて……」

 ニシキの背筋に、ぞわりと悪い予感が走る。

 コウの言葉が、まだ耳の奥に残っていた。コウが壊れているのか、ニシキのほうが壊れているのか――確実な判断基準となることができるのは、観客たち反応しかなかった。


「何言ってるのーーーっ!?」

「最高にぴったりだったよーっ!!!!」


 その声に、ニシキは前髪を揺らして顔を上げた。

「本当ですかっ!?? よかっ……よかった……! ごめんなさい、ボク、急に変な質問しちゃって……!」

「「大丈夫だよーーっ!」」

 その声がとても頼もしくて、ニシキはふわりと頬をゆるめた。

 やっぱり、世界は砂漠なんかじゃないのだ。

 自分はまだ壊れていないし、氷河期を美しく歌いたい気持ちだって、決して間違ってはいなかった。

「あ、ありがとう……。『ボク』とは常に、『氷河期を歌うモノ』だから……そう言ってもらえて嬉しいです……!」

「泣かないでー!」

 という雄叫びが聞こえてきて、ニシキはあわてて手のひらで顔を隠す。泣いていたわけではないけれど、緊張でAIの回路がオーバーヒートして、ホログラムにノイズがかかってしまっていたかもしれない。

「み、みなさんありがとうございます……! 明日からは違うシェルターに行っちゃうけど、ネット中継もしているので、初見さんも、いいなって思った方はぜひ見に来てくださいね!」

「「ゼッタイ見るよーーーっ!」」

「や……やったぁ……。いっぱい見てもらえると、いずれは海外ツアーもできるかもです!」

「「海外まで見に行くよー!!」」

「とっ……凍死しちゃうので、人間のみなさんは駄目ですよ! すみません!」

「「ロボットはーっ!?」」

「海に沈んじゃうので駄目です! いつか海外に行くときが来たら、安全におうちでネットから、ボクのことを見守っててくださいね!」

 どっと笑い声が会場を包む。これだからアイドルはやめられない。今日このライブを見た人々に少しでも、この過酷な氷河期の世界に、美しさがあることを伝えられたらそれでいい。

「ではみなさん、またいつか!」

 ステージライトが月灯りと混じって、会場の熱気を白い靄のように染めていた。

 しかしニシキがステージから退場しようとした、そのときだった。

 その出来事―—のちに各地のシェルターで伝説として語られる、「金色の事変」は始まった。


 ばっこぽ、ばっこ。りめんばー、わずぼん。

 ばっこぽ、ばっこ。りめんばー、わずぼん。

 

 突如聞こえてきた奇妙な音が、その場の全員の注意を奪う。

 英語だろうか? けれどほとんど聞き取れない。まるでクエッとでも鳴きそうなアヒル声とともに、ピアノのぽこぽこと怪しい変拍子も跳ねていた。

 そして唐突に、そのアヒル声が「わーっ!」と騒がしく叫びだす。

「何……?」

 瞬間。落雷が炸裂したかのように、ニシキを照らしていたライトが一八〇度向きを変えて、観客席の後方を照らし出した。

「あの人は―—」

 ニシキは自分の目を疑った。

 スポットライトの先に立っていた人物は、まぎれもなく昼間に会った少女だったのだ。

 服相はアイドル衣装という訳でもなく、黒いTシャツを一枚着ているだけだった。けれどそれがやけに様になっていて、かえってブロンドの髪の存在感を際立たせていた。

(……あの人も、きっと歌うつもりだ)

 ニシキはそう直感した。

 観客の誰もがあっけに取られるなか、コウは静かに微笑んでマイクをかまえた。

 そうして彼女は歌いだす。


「え……」


 

 ニシキは瞳を見開いていった。

 一言で言うならそれは、まるでキリストの復活だったのだ。

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