12.終わりに

 気付くと朝だった。いつの間にか眠ってしまったらしい。鋏はちゃんと机に戻してあって思わず小さく笑った。

 目が少し腫れぼったいが、まあ、大丈夫だろう。家族に何か云われたら、寝不足なのだと云って誤魔化せば良い。

 俺はいつもの様に歯を磨いて、顔を洗い、パソコンに向かった。そして昨日、家を出ようとした辺りから続きを書き始める。

 二週間にも満たない、短い話。

 唐突に終わってしまった、夢の様な話。

 けれど、確かに彼女はここに居た。側に居てくれた。

 もしかしたらただの幻覚だったかもしれない。俺の病が作り上げた妄想だったのかもしれない。

 それでも良いと思った。

 例えイマジナリーフレンド相手でも、約束は約束だ。それは有効であるべきだ。

 これから何年、あるいは何十年生きる事になるか分からない。

 それでも俺は、彼女と約束したから。

 彼女との約束を忘れない為に、書く。

 そうそう、俺は絵も描くのだ。彼女の美しさを、どれだけ再現出来るか分からないが、文字だけでなく絵にも起こそう。

 俺は昔画材屋で買っておいた小さなカンバスに彼女を描く事にした。

 その前に文字に起こす事はもう無いだろうかと考える。

 ……。

 正直云って、彼女とのやり取りは他愛無さ過ぎて、これまでに書いた以上の事は無い。

 もう少し実のある話をしておくんだったと少し悔やんだが、彼女の事は殆ど訊けなかったのだから仕方が無い。

 俺はそろそろこの文章を書くのをやめる事にした。

 書き始めた時はもっと短く、途中で途切れて俺は死に、小説は未完のまま終わると思っていた。それが何やかんやで完結するまで書いてしまえた。それも、思っていた終わり方とは全然違う方向で。

 あとは毎日の投稿の途中で死んでしまわない事を祈るだけだ。全てを上げ終えたあとならいつ死んでも構わない。が、生きてと云われたので、せめてあと数年くらいは生きたいものだ。二週間とかからずにすべてをアップ出来るだろうから、流石に途中で死ぬ事は無い、と思いたい。

 一度に上げる事も考えたが、そうすると急に目的を失って強い希死念慮に襲われかねない。約束だから死ぬ気は無いが、希死念慮が消える訳ではないのだ。そして希死念慮は中々に耐え難い。

「死んだら、あいつに会えるのかな」

 ふと思った事を文字に起こす。

 生き物ですらないと云った彼女と、死後に会えるのだろうか。

「……次に死ぬタイミングで、別の天使が来るんだろうか」

 また思った事を文字に起こす。

 それとも、もう見えなくなっているだろうか。

「もし来たら……見えたら、また、書いてやろう」

 そして、また情が沸く事の無い様に。空気の様に扱ってやろうと思い至る。

 目の前で砂となって消えられるのは、もう嫌だった。

 ……終わろうと思ってから数分経つが、中々書くのをやめられない。書く事などもう無いと云うのに。

 困惑していると、ケータイがてけてんと鳴った。ああ、良いタイミングだ。これで終わろう。

 ……最後に一つ。

 この物語はフィクションです。

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ある日天使が舞い降りた 鴻桐葦岐 @k-yosiki

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