「いい、絵ですね」


「ありがとうございます。はじめての個展なので、緊張しちゃってて。うれしいです」


「『また、あした』っていう、題名なんですね」


「むかし、仲良くしてくれたひとがいて。そのひとの最後の顔を、思い出しながら描いてました」


「複雑な顔してる」


「これは、私の妄想です」


「妄想、ですか」


「最後に会ったときに、わたし、最後に、また明日って言って別れたんですけど、どうしても、お別れが言い出せなくて。でも、分かってくれてたらいいなって、でも、かなしい顔になっちゃった」


「きっと、その子は、こんな顔してたと、思いますよ。妄想なんかじゃなくて」


「そう、ですか」


「あはは。なんか照れるなあ」


「この前、出された本、読みました」


「そうですか」


「たのしかったです。あのときと変わらない文章で、あのときの思い出が書かれてて。どこかの漫画賞を取ったんですよね。おめでとうございます」


「ありがとうございます」


「『また、あした』っていう題名でした」


「私も、言われたので。むかし好きだった子に。また明日って。忘れられないんですよね、それが。ちょうどこんな顔してたと、思います」


「そう、ですか」


「光の刺激がだめとかで、テレビとかの画面を見れない子だったので、漫画にしました。読んでいただけて、よかった」


「結婚、なさってたんですね。指輪が」


「そちらも。左手に」


「あはは。おたがい、手遅れ、ですね」


「ごめんなさい。でも、もう、だめです」


「どうしたんですか」


「あのとき、あのときお別れを言わなかったから。わたしが。わたしが、言わなかったから」


「いいえ。雰囲気で、いなくなるの、わかってました。俺のほうこそ、連絡先とか、聞く勇気がなくて」


「おもちゃの指輪です。ずっと好きでいようと思って。転校してすぐに付けてたんです。でも。でも」


「あはは。そういうところまで同じとは」


「うっ。うう」


「俺の指輪も、同じ理由で、あなたがいなくなった次の日から付けてました。雑貨屋で売ってる安物です」


「好きでした」


「過去形ですか?」


「あのとき、最後に、言えなかった分です」


「はい」


「そして、今も。好きです」


「俺もです。今日はこの辺で。漫画賞の授賞式があるので」


「明日も、同じ時間。ここにいます」


「俺も、同じ時間に。では」


 また、あした。

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また、あした 春嵐 @aiot3110

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