カラスのいる街

リペア(純文学)

カラスのいる街


全く忙しい日だ。黒いスーツの私。午前9時、高輪ゲートウェイ駅で山手線に乗った。新橋の事務所で午後10時に用事がある。車内は乗車率120%程で、やっとの事で吊革に捕まっていた。


電車が揺れた。


「この人痴漢です!!!」


私の手首が掴まれ、誰の背よりも上に掲げられていた。辺りがどよめいていた。



私は田町にて、警察に逮捕されてしまった。


「俺は何もしてない!」


「それもおいおい署で伺いますので…」



パトカーで女と共に警察署に連れていかれ、聴取が始まった。


「俺は何もやってないんだって!」


「そんなこと言われてもねぇアンタ、証拠がある以上、弁解のしようも無いんじゃないかな?」


そう、私の犯行と断定する決定的な証拠があった。女が着ていたスーツのタイトスカート後ろの縫い目辺りに私の指紋がハッキリと着いていたのだ。


「あんな混んでたら痴漢しなくったって多少は着くかもしれなかっただろ。」


「しかしねぇ、妙なことに指紋がアンタのしか出てこないんですよねぇ。おかしいですねぇ。」


警察は検出された指紋は私のもの以外見られなかったと結果を出した。つまり触ったのは私だけという事になる。私は触ってなんて、痴漢なんてしていないのに。



仕事の上司、同僚は愚か、家族に連絡するのさえ面目ない。その人たちの顔を見なくても、遠隔で冷たい目が向けられているのが分かる。そんな中、会社から通達が参った。そこには端的にクビと書いてあった。事実ではない確かな証拠と味方の無さに私は諦めが着いてきた。


私は起訴され、今法廷の中央、被告人席で木になったように立ちすくんでいる。弁護士が事の隅から詳細に弁護してくれているが、検察側が言う例の指紋云々が全てを制した。


車内の件は悪質度が高いとされ、示談も成立せず、やがて私に懲役刑が下った。はい、と言って一例、私は頭を下げるしか無かった。



執行猶予の二ヶ月を頂戴し、警察の監視の元、法廷を後にした。今から警察車両へ乗り込む。




──あーあ。人生、くだらない終わり方をしてしまった。



先日までごく普通に羽ばたいていたカラスは、その普通の日々を失い、警察車両に乗ろうというところ、身を諦めた。


するとその場からいきなり羽ばたき、車道を走る車に向かって飛んで行き、轢かれて死んだ。



───


黒い制服姿。下駄箱を開けた。中は泥で満ちていた。遠くでは私を罵るスズメが居た。


カバンを置き、いつもの場所へと行く。


いつものように殴られ蹴られ、気が召したところで私をトイレに呼んだスズメは翼を満足気に翻し、飛び去って行った。私は破損した部位を絆創膏で補った。


私は真面目に勉強していた方だと思う。文房具は毎回新しい物に揃え、教科書やワークを幾つも買っていたからだ。


授業が始まり、筆箱を開いた。中は画鋲で満ちていた。その内一つが私に刺さった。赤色が漏れだし、それを絆創膏で塞いだ。


いつもであれば放課後にまたトイレに行き、罪無き罰を受けるのだが、今日は少し違う。私はスズメにあれこれと提案し、屋上へと導いた。放課後の校庭に、ボールの打つ音蹴る音が響いていた。


「話ってなんだよ。」


「実はかねてから言いたいことがあってさ…」


次の瞬間、懐のバタフライナイフをスズメの心臓に刺した。私の一突きは骨を破ってすんなりこころを刺すことが出来た。赤色が拡散し、私に噴き出した。


「実はお別れを言いたくって…」


スズメは倒れ、白目を向いたまま赤色を垂れ流していた。私は願いを叶え終わり、屋上の端に立った。そして懐に忍ばせておいた、液体の入った瓶を開けた。


その屋上の黒いカラスは一面を赤に染め、理科室から持ち出した緑色を飲み、黄色の涙を流して青空を仰ぎながら宙に落ち、校庭の黒いアスファルトに散った。



───


ここは真っ暗な部屋。朝になるとお父さんとお母さんが押し入れに私を閉じ込める。


私はもうそろそろで五才になる。誕生日には毎回ショートケーキを食べさせてくれる。ロウソクは五本刺さるはずだ。


お父さんとお母さんが帰ってきた。押し入れに居る私を怒鳴りつけてちゃぶ台に座らせた。そこにはショートケーキ1ホールとロウソク五本があった。そして、誕生日の音頭が歌われる。


ロウソクをふぅっと消した。


「テキトーに1ホール食べておけ。俺とミサキは隣の部屋で少し話があるから、覗くなよ。」


そんなわけで夜ご飯はこのケーキとなった。



お父さんとお母さんは最近隣の部屋でお話することが多くなっていた。毎度覗くなと言われているが、嫌でも聞こえ、また私の心を深く刺す物音がする。


隣の部屋で女の叫び声が聞こえる。

叩く音が聞こえる。

「止めて」と朦朧とした息の根が聞こえる。「うるせぇ」と否定の図太い声が聞こえる…



目を覚ました。不覚にも、ケーキを食べてる途中に寝てしまったらしい。私の前にはお母さんが泣いていた。何故か右腕を赤で染めている。


「アカリ、私たちはね、ここを出ていかなきゃ行けないの。早く支度して。」


言われるがまま、私は支度を始めた。対してお母さんは未だに涙を左腕で拭っていた。


リュックに筆箱と反省文ノートを入れた。


「お父さんはどうするの?」


純粋な質問にお母さんは嗚咽を含めて答えてくれた。


「お父さんは来ないってさ。ほら、行くよ。」



玄関に鍵を閉め、団地の名札を外した。お母さんの右腕の赤は先程洗面所で洗われ、何事も無かったかのような肌色を見せていた。私はお母さんの右腕を握った。お母さんは相変わらず左腕で嗚咽を拭っていた。



心を黒く染めた二羽のカラスは自由を求めて、降り立つ地を目指し飛び去った。





今日もどこかで黒く染ったカラスは翼を翻している。

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