盲の一夜

 その日懺悔をするのは、明朝死刑になる男だった。罪状は罪のない一家の皆殺し。

 父の腹を刺し、母の首を絞め、兄の額を打ち抜き、弟の体を川へと落としたと本人が証言している。証拠隠滅のためか、警察が到着したときにはもう、家を焼いていたという。


 刑場の地下牢は採光窓から入る月の光のみで、薄暗い。

 鉄格子を隔てた先で、男はいた。

 手足は長く、バランスの取れた体躯をしており、壮年であるようだ。月明かりを避けるようにしているから、表情はわからなかった。


 私が牢の近くに行くと、僅かな金属音と共に、中性的な声が聞こえた。

「あんたが俺の懺悔を聞く神父様か?こんな夜更けにご苦労なこった。来てもらって悪いが、悔い改めたいことなんて無いからお帰り頂いて結構ですぜ」

「こんばんは。懺悔のない君には悪いけれど、私の仕事はここで君たち囚人の話を聞くことなんだ。しばらくしないと迎えの兵が来ないから帰り道が分からない。だから、何でもいいから話を聞かせてくれないかい?」

 私はいつものように、牢の近くにある椅子に座って話しかけた。

 死期が迫っている囚人たちの対応は様々だ。しおらしく後悔を述べる者から私を騙してどうにか脱走を試みる者までいる。その中で彼は、比較的冷静で状況を客観しているような印象を受けた。


「そうなのか、そしたら俺の生い立ちでも聞いてもらおうか、情けない男の話を」

 男はもたれかかった壁から離れ鉄格子に近づいてきた。

 男とも女ともいえない美しい顔と金色の瞳を私に向けて、彼は話を始めた。


 俺は人狼を殺すことを生業とする一族の生まれだ。

 人狼ってわかるか、普段は人間の姿をしているけど、満月の夜に狼に姿を変えて近くにいる生き物を手当たり次第に殺す種族のことだ。

 俺は人狼を殺すために幼い頃から、学び鍛え生きてきた。本物の人狼は見たことがなかったけれど、寝物語に聞く人狼は凶悪で人狼を討伐した人間は英雄で、俺たちのやっていることは正しいと信じていた。

 人狼たちは普段は人間を装っているし満月の夜も姿を隠しているから、なかなか見つけることができない。ある時、十数年の調査が実ってとある町に人狼の家族を見つけた。

 一人前に育った俺は勇んで討伐に向かったよ。これが世のためになると思ったから。

 討伐はスムーズに終わった。新月の夜を選んだし、準備は入念に行った。死体処理のために家も燃やした。

 でも、俺は逮捕された。人間を殺した罪で。

 俺が殺したのは、人間ではなかったのに。


 逮捕されてから聞いた話では、人狼達は二十年以上住むこの町で一つも罪も犯したことがなかった。近所でも評判の仲のいい家族で、夫婦は小さな喫茶店を営んでいたと、子供たちは新学校に通う将来有望な学生だったと。

 俺は怖くなった。人間の生活が安全であるために人狼を殺したのに、その人狼は何の罪もなく人間たちと調和して暮らしていた。対して人間である俺は、人殺しの罪を抱え、人間たちに嫌悪して殺される。もう何が正しいのかわからない。


 俺の罪状は、四人家族を皆殺しにしたことだったはずだ。でも、本当は違う。川に投げたと言った弟は、本当は生きている。両親と兄を殺し、弟を殺そうとしたとき、窓から川に飛び込んだんだ。俺にあふれんばかりの殺意を向けて、何年かかっても必ずお前を殺してやる、って言い残して。

 俺はさ、あの目を見てから怖いんだ。今までにいくつもの人狼を殺してきて、いくつもの家族を壊してきて、いまさら何を恐怖に感じているのかと笑われると思うが、とても怖い。

 いつか、大人になったあの子に殺される未来が、家族に与えた痛みの何倍もの痛みを俺に味合わせるために憎しみを蓄えている彼が、震えが止まらないくらい怖い。

 だから、今は落ち着いた心持ちだ。彼が来る前に殺してくれることに感謝すらしている。


 震えた肩を抱いた両手の力を少し弱めて、彼は話を終えた。金色の瞳には、安堵の色が浮かんでいた。

 相槌も打たずに話を聞いていた私は、人狼の一家について考えていた。

 現在の安全か将来の危険か、どちらを優先すべきかは私にはわからない。

 彼の行いの是非を決めるには、一介の神父には不可能であったし、夜は更けすぎていた。


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短篇集 月並海 @badED_

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