World's End Girlfriend

蔵井部遥

100 Years of Choke

 何時頃から好きになったのかも思い出せないけれど、僕は暗闇の中で泡のように浮かび上がる光の粒子を眺めるのが好きだった。僕は生まれてからずっとこの光と共に在った。生まれてからという表現が正しいのかは分からないけれど。

 光の粒子にはそれぞれ色があって、鮮やかな碧色、くすんだ黄色、血のような紅色、一つとして同じ色は無く、どれほど長い時間眺めていても決して飽きることはなかった。だってそれは僕だけのものだから。


 何時頃から好きになったのかも思い出せないけれど、僕は暗闇で瞬いている光の粒子を捉まえて、その音色を聴くのが好きだった。潰さないように両手の掌の窪みに閉じ込めて、そっと耳を近づける。

 光の粒子の音色はとても微かで、ある時耳を澄まして耳を傾けてみるまで音色があることに気づいていなかった。光の粒子の音色は殆どが穏やかなのだけれど、中には耳障りな金属が擦れるような音色や騒々しい喚き声のようなものも混じっていた。そんな光の粒子の音色を聴くと思わず耳を塞いでしまいたくなるのだけれど、僕は我慢して最後まで音色に耳を傾ける。だってそれは僕がやるべきことだから。


 何時頃から好きになったのかも思い出せないけれど、僕は消えそうになっている光の粒子を捉まえて口に含むのが好きだった。春の苺を摘むように、晩夏の葡萄を捥ぐように、僕は光の粒子を一つ手にとっては口に含む。

 光の粒子の味は概ね甘酸っぱくて美味しいのだけれど、中にはとても苦いものや、鉄の味がするものがあった。苦い味の光の粒子を口に含むと思わず吐き出しそうになるのだけれど、僕は我慢して飲み込む。だってそれは僕の役目だから。



 光の粒子と共に在る時間をずっと過ごしながら、僕はなぜ自分がここにいるのだろうと考える。僕の存在がこの光の粒子と不可分なのは間違いないのだとは理解している。だって僕はそうようにできているから。手を伸ばせばどこまでも、それこそ宇宙の果てにだって届くのだけれど、でも僕は何にも触れられない。僕は世界と共に在り、世界のどこにもいなかった。ここはどこにもない僕だけの場所なのだ。

 途方もない時間を光の粒子と過ごしていて、僕はやっと気づく。光の粒子は僕のために生まれるのだと。一方で、僕もまた光の粒子のために在る。無限の連環の中で僕と光の粒子は交じり合い干渉し合うのだ。さらに長い時間を過ごしていて僕は気づく。僕は光の粒子が望んだから生まれたのだと。僕はどこにでも、どこにも。僕は概念と呼ばれる存在なのだ。行き場のない光の粒子が行き場として僕を求め、僕が形作られた。いくつもの僕が生まれどこにもいないがどこにでもある。僕らは何でもできるし、何にでもなれるけど、何もできない。ただ、光の粒子の”行き場”として生まれたのだ。


 いくつもの光の粒子を眺め、その音色を聴き、味わい、僕は理解する。これは「祈り」と呼ばれるものなのだと。いくつも作られた僕という概念は祈りを受け止めるために生み出されたのだ。祈りはその行き場を求め、いつしか集まった祈りは形を成し、僕という概念になった。何もできないのに在ることだけが求められる僕。何をすれば良いのかと悩むけれど、ただ在ればいい、それこそが概念なんだろう。 

 無数に届けられる光の粒子を眺めているのは相変わらず心地が良いのだけど、僕には何もできない。ただ概念として存在するだけなのだから。味わうと不味いものや、聞きたくもない音色の祈りもあるけれど、僕が祈りの行き場の概念として生み出されたのだから仕方がないのだろう。全ての祈りは僕のところに届けられることによって完結するのだ。


 僕と祈り、どちらが先に生まれたのだろうか。原初の祈りは何に捧げられたのだろうか。原初の祈りが捧げられた時に僕がいなかったなら、その祈りはどこにいったのだろうか。







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World's End Girlfriend 蔵井部遥 @argent_ange1121

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