第6話 高校3年、4月/新歓ライブと進路

 高校3年、4月。始業式。


 朝、昇降口に張り出されたクラス表を確認し、新しい教室へ行く。

 すでに詞は登校していた。

 つかさは私の顔を見るなり、今にも泣き出しそうな顔で、私に向かって駆けてきた。


「葵~っ! 今年も同じクラスだよ~っ!」

「うん、知ってる。……きゃっ!」


 詞は興奮した声で叫び、いきなり私に飛びついてきた。

 思わず変な声が出た。

 私は周囲の目が気になって、詞を引きはがすと、教室から逃げ去った。




 最近、詞は私への好意を隠さなくなった。

 私は、詞のそうした態度をあまりよく思っていなかった。

 私たちの奇妙な関係がほかの子たちにバレてしまうのではないか――それが怖かった。


 詞は100%の愛情を一心に私に注いでくれる。

 でも、私はいったい何%くらいだろう?


 詞のことは特別に思っている。

 ただ、心のなかには、かたくなにノーマルでいたい私もいて。

 いつか詞の愛に応えてあげられない日が来るんじゃないか、って――それも怖かった。


 詞は天真爛漫で、周囲が見えないところがある。

 だから、私がしっかりしないと。

 私は、学校では詞と適度な距離感を保とう、と心に決めた。


「葵、一緒にお話しよ」

「ごめん、今本読んでるから」


「一緒にお昼食べよ」

「ごめん、もうお腹いっぱい」


「一緒にトイレ行こ」

「ごめん、さっき行ってきた」


「一緒に移動教室行こ」

「ごめん、さっき行ってきた」

「なぜ!?」


 私が断るたびに詞はぷうと頬をふくらませ、不機嫌になってしまう。

 ほんと、ごめん。





 新入生歓迎会。


「こんにちは! 私たち、『きらきらメモワール』です!」


 私たちのライブは去年以上に盛り上がった。

 ステージ上で歌いながら、私はとなりでベースを奏でる詞に目をやった。

 詞は私と目が合うと、嬉しそうに微笑み返してくれた。

 それはもう、甘くとろけてしまいそうなくらい愛らしい笑顔で。

 不覚にも、鼓動が跳ねた。


「ありがとうございましたーッ!」


 詞スマイルの効果は抜群で、黄色い声援はいつまでもやまなかった。




「あ~っ、最高~っ!!」


 帰り道、爽やかな春の風に吹かれながら、詞が両手を大きく広げて明るい声を響かせる。

 私もつられて笑った。


「ライブ、うまくいってよかったね」

「葵のおかげだよ。今日の葵、すごくカッコよかったもん」

「ううん、詞のおかげ。今日の詞……すごくかわいかった」

「ほんとうっ!?」


 詞は幸せそうに表情をほころばせ、私の左腕に抱きつこうとする。

 私は反射的に腕を引き、避けた。

 詞はバランスをくずしてつまずきそうになり、恨めしそうに私を見上げる。


 通学路には、まばらとはいえ、他の生徒の姿があった。

 なんとなく、見られている気がした。

 詞ももう少し周りが見えるといいのだけど。


 詞は小さくため息をつき、それから、穏やかな青空を見上げた。


「今度の文化祭が、私たちの最後のライブだね」

「うん」

「さみしいなあ。私、また歌詞書いてきてもいい?」

「もちろん。楽しみにしてる。新作のイメージはあるの?」


 詞はあごに細い人差し指をそえ、考える。


「そうだなあ。澄み渡った夏の青空に、白い紙飛行機が気持ちよさそうに飛んでいく、そんな感じにしたいな」

「いいんじゃない、爽やかで」

「紙飛行機は、大切な人への想いや感謝を乗せて、高く、高く、大空をはばたいていくの」

「だったらさ、ライブの演出で、ほんとうに紙飛行機を飛ばそうか」

「それ、すごくいい!」


 新歓ライブが終わった直後だからか、詞のテンションがいつもより高い。

 次の目標にすぐ切りかえて、あり余る生のエネルギーを燃やしてみせるところは、いかにも司らしかった。


 ところで、と詞は急に話題を変える。


「葵、進路希望調査表ちゃんと出した?」

「ううん、まだ」


 私には、高3の今になっても、将来なにになりたいとか、そういう願望がなかった。


「大学には行くの?」

「たぶん」

「音楽は続けるの?」

「どうだろ」

「将来どんな仕事につきたいの?」

「分かんないよ、そんなの」

「本を読むのが好きなんだから出版関係は? あるいは図書館の司書さんとか」

「うーん。なるべく人と関わらないですむ仕事って、なに?」

「なんだろう? 山小屋にこもって黙々とろくろを回すとか」

「それだ」

「それだ、じゃない」


 詞が呆れたようにツッコむ。


「葵はさ、もっとちゃんと考えたほうがいいよ。将来のこと」

「詞はどうするの?」

「私? 私は……大学に行けるなら、どこでもいい」

「なァんだ、私と同じようなモンじゃん」


 私は苦笑した。

 詞の口ぶりから、確固たる進路がもう決まっているのかと思ってしまった。

 詞もまた、困ったように眉をハの字にして、薄く笑う。


「とにかく、ちゃんと考えておいてね。将来のこと」


 私にそう念を押す詞の表情は、どこか儚げだった。




   〇



【 詞の手紙⑥ 】


 葵は私との関係を隠そうとしていましたね。

 でも、すでにもう、クラスのみんなが知っていました。

 いや、クラスや学年の枠を超えて、学校中のほとんどの人が知っていました。

 私たち、校内のベストカップルらしいですよ。

 新歓ライブで黄色い声援が絶えなかった理由が、これで分かったと思います。


 どうせ知られているのなら、と私はますます葵に甘えました。

 けれども、そうとは知らない葵は、学校で私が近づくと、気恥ずかしそうな顔をして、しきりに距離を置こうとしましたね。


 私はつい意地悪な気持ちになって、何度も何度も、葵の元に行きました。


 そのたびに追い払われた私が、不機嫌な態度や落ちこんだそぶりを見せると、葵は本を読むふりをしながらそっと私をうかがって、申し訳なさそうな泣き出しそうな顔で、しゅんとうつむくのでした。


 なんてかわいい生き物なのっっ!! 


 クラスのみんなも葵のあまりのいじらしさににっこり目を細め、いつしか「葵を見守ろうの会」ができていました。



 あれから、将来のことを少しは真剣に考えてくれましたか?


 葵がどんな大人に成長していくのか、私もずっと見守っていたいです。

 けれども、ずっとは無理かもしれません。

 そもそも、大人どころか、大学生になれるかさえ分かりません。


 葵は素晴らしい人です。

 静かな情熱を内に秘めた、可能性に満ちあふれた人です。

 葵が本気で願えば、きっとなんでも叶います。

 どんな夢だって、きっと実現できます。


 いつの日か、葵が夢を叶えて、私の好きな人はこんなにも素晴らしいんだぞ、って自慢させてくださいね。

 

 私はそんな未来を夢見ています。 





( 次回 :「高校3年、7月/不協和音と笑顔の約束」 )

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