第5話 高校2年、2月/バレンタインと愛の重さ

 詞と付き合いだしてから、私たちは一緒によく出かけた。

 正月には初詣に足を運び、映画も見に行った。


 映画のあと、詞が楽器を見たいと言うので、二人でお店に立ち寄った。

 となりでにこにこしている詞に、私は疑問をぶつけてみた。


「ねえ、これってデート?」

「そうでしょ」

「別に付き合っていなくても、同じことをしていたと思うんだけど」


 仲のいい女の子と一緒に遊ぶ。

 ただそれだけではいけないのだろうか?


「デートでしょうが!」

「はい」


 詞が怒るので、素直にうなずいておいた。





 2月、バレンタイン。放課後の部室。


 詞は私と二人きりになると、黒いスクールバッグからきれいに包装された小箱を取り出した。


「はい、これ。チョコレート」

「ありがとう。開けてもいい?」

「うん、開けてみて」


 開けてみると、手のひらサイズの大きなハート形のチョコがお目見えした。

 『AOI LOVE』と書かれている。

 とても重い。質量も、愛も。

 私はスマホで写真を撮り、丁寧に包み直した。


「食べないの?」

「家でゆっくり食べる」

「お返しは?」

「はいはい」


 詞は瞳をキラキラさせて期待感をあらわにする。

 なんだか飼い主になついて尻尾しっぽをふる子犬に見えてきた。


「これ。余ったの全部あげる」


 私は10個以上のクッキーを残さず詞にあげた。

 これで私の特別は表現できたはずだった。


 しかし、詞はぷうと頬をふくらませて拗ねてしまった。

 小さな唇を不機嫌そうにツンと尖らせて。


「余ったのって、なに?」

「ごめん、失言。ほら、たくさんあるよ」

「大事なのは数じゃない」

「それはそうかもしれないけど」


 いじけている詞を見ていたら、罪の意識がわいてきた。

 やれやれ。

 仕方なく、提案してみる。


「これからデート行く?」

「行く!」




 私たちは部活を抜け出し、駅前の喫茶店でちょっと贅沢をした。

 大人びたしゃれた店内で、詞と向かい合って座る。

 機嫌を直してくれた詞が、私の顔をのぞいてきた。


あおいは来年だれとバレンタインを過ごすんだろうね」

「うーん、詞と?」

「私が言わせたみたいになってるじゃん」


 詞が苦笑する。


「葵はきっと素敵な彼氏と過ごすんだろうな」

「彼氏なんか作らないよ。そもそも人間好きじゃないし」

「じゃあ、私はなに? 人間じゃないの?」

「うーん、特別な存在?」

「あうぅ……」


 詞は顔を赤らめてうろたえる。

 私の彼女は今日もかわいい。


 でも、詞こそ、来年は素敵な彼氏と過ごすんじゃないかな。

 今は私が彼氏役をつとめているけれど、それはおそらく女子校だから。

 この奇妙な関係がずっと続くとは思わない。


 そんな思考をめぐらせていると、ふいに詞と目が合った。

 なんだか物憂げな、さみしそうな目をしていた。


「ごめん。ぼーっとしてた」

「ううん、そうじゃないの。来年は葵のとなりにいられないかもしれないと思ったら、急に悲しくなってきて」


 詞は辛そうにうつむいてしまう。

 もしかして、また思考を読まれた?

 私はティーカップを口に運び、ひと口飲むと、真剣な目で詞に告げた。


「詞、ずっと私のとなりにいてよ」

「そうしたいのは山々だけど、きっと無理だから」

「私はそうしてほしい。ダメ?」

「ダメじゃないけど」

「詞、前に言ってたじゃん。『人生の価値って、どれだけ人を笑顔にしたかで決まると思う』って」

「うん」

「だったら、これからもずっと私のとなりで笑わせてよ。私も詞を笑わせるから。約束する」


 詞は苦しそうに顔をゆがめる。

 それから、甘えるような拗ねたような態度で、私に要求してきた。


「そこまで言うなら、今ここで私を笑わせてみせてよ」

「――えっ?」

「ほら、できないじゃん。やっぱり無理……」

「フフ、無理じゃないよ。はい」


 私は不敵に口角を上げ、だれにも見せたことのない変顔をしてやった。


「ぷっ、なにその顔っ! あははははっ!」


 たちまち詞が爆笑する。

 おなかを抱え、涙まで流して。

 予想以上にウケてしまい、私は複雑だった。

 私の顔、そこまで変?


 喫茶店を出ると、詞が左腕にしがみついてきた。


「あー、笑ったー」

「よかったね」


 私のとなりで詞が無邪気な笑みをこぼす。

 今年はいいバレンタインを過ごせたな――素直にそう思えた。




   〇



【 詞の手紙⑤ 】


 バレンタインの日。

 葵はみんなと同じクッキーを私に10個もくれて、さも得意げな顔をしていましたね。


 ありがとう。

 でも、そうじゃない。


 数が多いので、私は両親におすそ分けしました。

 父は、数年ぶりにわが娘からチョコをもらえたと勘ちがいし、涙ぐんでいました。


 母は、すでに私に交際相手がいると察していたようです。

 ただ、どうやら相手が男性だと思っていたようで、お前の彼氏はバレンタインにクッキーを焼いてくるような奴なのか、と驚愕の目をむきました。


 やむをえずスマホを取り出し、この子だよ、と母に葵の写真を見せました。

 すると母は、あらかわいい、ちょうどこんな娘がほしかったのよ、とことのほか喜んでくれました。

 とても誇らしい気持ちになりました。




 来年のバレンタインを思うと、胸が苦しくなります。


 「ずっと私のとなりにいてよ」と言ってくれた時のこと、覚えていますか?


 あの時の葵はほんとうにやばかったです。

 葵は私を気づかってくれたんだろうけど、あれ、本気で口説いていますからねっ!


 葵の真剣な瞳に見つめられると、たちまち全身がカアァッと熱くなり、顔から湯気がもうもうと吹き上げ、頭がくらくらし、心臓がドキドキ鳴りっぱなしで、まさに恋の緊急事態でした。


 あんなふうに迫られたら、だれだって葵のことを好きになっちゃうよ!



 だからこそ、一方で悲しくもなったのです。


 私だって大好きな葵のとなりにずっといたい。

 もっともっと生きて、葵とずっと笑っていたい。


 けれども、運命がそれを許すかは分かりません。

 来年も私がこの世にいる保証はどこにもないのですから。


 あの時も不吉な予感がふとよぎり、こみ上げてくる涙を必死にこらえていました。

 そうしたら、葵がいきなり変顔をしてきたので、こらえきれず笑いながら泣きました。


 恋人と過ごすバレンタインを私に経験させてくれて、どうもありがとう。

 すごく嬉しかった。




( 次回 :「高校3年、4月/新歓ライブと進路」 )

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