第4話 高校2年、12月/告白とつないだ手
高校2年、12月。
街にイルミネーションが灯り、世界がクリスマス色に染まりはじめたころ。
「うぅ、寒」
水色のマフラーを巻き、コートを着て昇降口を出る。
たちまち木枯らしに吹かれて、ぶるっと身をふるわせた。
「寒いねー」
となりで
大きめのピンクのマフラーが、詞のかわいらしさをさらに引き立てている。
詞はとなりに並び、私の脚に視線を落とした。
「めずらしいね、ストッキング」
「あまりの寒さに屈しました」
学校では、黒ストッキングなら履いてもいい決まりになっていた。
でも、私には似合わない気がする。
学校というところは、なぜいつも一律に同じものを求めるのだろう?
「いや、私は似合っていると思うよ。なんかグッとくる」
「人の思考を勝手に読むな」
駅までの通学路を一緒に歩く。
目の前に、かわいらしい二人組が歩いていた。
寒いのに手袋もつけず、手をつなぎ合っている。
恋愛ソングの女王、詞がうっとりと目を細める。
「いいねー、ああいうの。すごく憧れる」
「そう?」
「あの二人、付き合っているのかな?」
「まさか」
校内でも、移動教室なんかで手をつないで行動している子たちをたまに見かける。
女子校ならではの文化なのかな。
「私も、生きているうちに一度はお付き合いしてみたいなー」
「おおげさだな」
「できればJKのうちに」
「えぇ……」
常に同性に囲まれている私たちに、出会いの機会はない。
そういえばこの間、クラスの子たちが塾のチューターに告って結ばれた話をしていたっけ。恋っていいね、と盛り上がっていた。
私はちょっと引いてしまったけど。
ふいに、詞がぽつりと言った。
「ねえ、葵。私と付き合ってみない?」
えっ?
あまりに突然で、言葉が出ない。
唖然としてとなりに目を移す。
詞は頬を赤らめ、もじもじと照れまくっていた。
詞が発した言葉の意味が、少しずつ、私のなかに入ってくる。
カッと顔が熱くなった。
「付き合うって――なに?」
「あはは……」
詞は眉をハの字にして、がっくりと
「好きな人同士が一緒にいることじゃない?」
「好きなの? 私のこと」
「うん」
「どこが?」
詞は人差し指を
それから、おかしそうに微笑みかけてきた。
「ふふっ、どこがだろ?」
「あのねぇ」
「とにかく好きなの、葵のことが」
「お、おう」
「私たち、似てると思うんだよねー」
「ぜんぜん似てないよ」
「ひそかに孤独を抱えて生きているところとか」
詞はささやくように、とんでもないことをさらりと言う。
「孤独? 詞が?」
「時々ね、無性に孤独を感じるんだー」
知らなかった。
詞はいつも天真爛漫で、クラスの誰からも愛されていて、孤独やさみしさを微塵も感じさせない。
初めて知らされる事実に、申し訳ない気持ちがこみ上げてきた。
「ごめん、気づいてあげられなくて」
「ううんっ。葵と一緒にいる時はぜんぜんさみしくないからっ。変に気をつかわないで。今まで通りでいいからね」
詞は慌てたように私に言い聞かせる。
その様子があまりに健気で、胸の奥がじいんと温かくなった。
私は小さく息を吐き、告げた。
「じゃあ……付き合う?」
「えっ、いいの?」
「いいよ。今まで通りでいいなら」
「私、前から思ってたんだけどさ、葵はもう少し人生をちゃんと考えたほうがいいよ」
「私、なんで受け入れたのに怒られてるの?」
「初めてなんでしょう? ほんとうに私でいいの?」
「自分で言ったんじゃん」
「それはそうだけど」
「いいよ。別に今までと変わらないでしょ。行こ」
私は手袋を外し、素手を差し伸べた。
詞は私の特別。
付き合おうが付き合わなかろうが、その事実は変わらない。
詞と一緒にいる時間がいちばん楽しい。
つまらない学校生活に豊かな
だから、こんな私でよければ、少しくらいは詞の願いを叶えてあげたい。
詞もまた手袋を外し、遠慮がちに、おずおずと私と手を取る。
温かい手だった。
「駅、もうそこだけどね」
「たとえ刹那的でも嬉しいよ」
詞は今にも消え入りそうな細い声で、真っ赤になって告白する。
こんなにかわいい彼女ができるなんて、夢にも思わなかった。
こうして、詞の彼氏を演じる日々がはじまった。
〇
【 詞の手紙④ 】
あの冬の日、まさか葵が私の想いを受け入れてくれるなんて、夢にも思いませんでした。
さんざんスルーされまくっていたので、ほとんどあきらめていました。
あのころ、私は二つの孤独を抱えていました。
一つは、病気による孤独です。
実は、私の身体は難病におかされていて、これまでも発熱や倦怠感にたびたび襲われてきました。
もって数年だそうです。
私は死ぬまでになにがしたいかを考え、真っ先に「恋がしたい」と思いました。
そんな時、私の目の前に彗星のごとく現れたのが、葵だったのです。
私は葵に夢中でした。
けれども、葵はあいかわらず気づいてくれなくて。
それが、もう一つの孤独でした。
私の秘めた想いを知っているクラスのみんなは、私を憐れんで、さりげなく葵に聞こえるように恋の話をしてみたそうです。
まるで効果はありませんでした。
あいつは人の心を失った機械人形だ、と言っていました。
だから、葵が私を受け入れてくれたことは、飛び上がるくらい嬉しくて。
あの夜、SNSでは祝福のメッセージが飛び交い、私は恥ずかしいやら嬉しいやら泣きたいやら、とにかく舞い上がっていました。
あの時の葵の手、温かかったなあ。
私は握ってもらえた右手を眺めては、ニヤニヤ、ずっと悶えていました。
あのころ、葵は孤独ではありませんでしたか?
いつも冷めた目をして、教室で一人黙々と本を読んでいる葵。
あなたがどれほど繊細で、心の優しい少女なのかを私は知っています。
人と交わって無意識にだれかを傷つけるくらいなら、自ら進んで距離を置く。
葵はそういう優しい子です。
でも、これからは外にも目を向けてみて。
葵がどれほどみんなから愛されているか、きっと気づくと思うから。
( 次回 :「高校2年、2月/バレンタインと愛の重さ」 )
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