第2話 高校2年、4月/女子校と入部

 思えば、女子校という場所は、私には合っていない気がする。


 なんというか、女子の集まりって怖いなと感じることがあって。

 気をつかうようになってからは、息をひそめ、図書室で借りた本を教室で静かに読んで過ごしてきた。


 そんな私が軽音楽部に入部したのは、あるアニメが影響しているのだけど、この秘密は墓場まで持っていくつもりだ。


 学校生活において、部活で歌っている時だけが唯一の自己表現だった。

 あとは周りの目を気にしつつ、みんなに合わせて、当たりさわりなくやってきた。


 それにしても、中学の頃は男子が苦手で、高校に進学したら今度は女子が苦手になって。

 私はいったいだれを好きになればいいのだろう? 


 とはいえ、これまで嫌がらせの一つも受けず、こんな私でも受け入れてくれるのだから、やっぱり女子校という場所も案外悪くないのかもしれない。






 高校2年、4月。


「軽音楽部に入りたい?」


 教室で文庫本を読んでいると、つかさが突然声をかけてきた。


「どうして急に?」

「この前の新入生歓迎会で、あおい、ステージで歌っていたじゃない? かっこいいなと思って」

「かっこよくなんかないよ。みんなに言われて、仕方なく」

「でも、いちばん目立っていたよ。葵に憧れて入部する新入生もいるんじゃないかな。現に私がそうだし」

「詞が? 憧れた? 私に?」

「うん」


 はにかんだように微笑んで、素直にうなずく詞。ちょっとドキッとした。

 私は恥じらいをごまかすように、ツンとしてたずねた。


「入部はだれでも自由だけど、詞、楽器引けるの?」

「ううん。これから練習する」

「簡単に言うけど、大変だよ」

「大丈夫。人生、思い立ったその時がスタートラインでしょ?」

「そりゃ、そうかもしれないけど」


 詞はとにかくポジティブだった。考える前に、とにかくまずやってみる。そういうタイプの女の子だった。


 背が小さく、長い髪をポニーテールにきっちりしばっておでこを広げ、目がくりっとしている詞は、クラスでもマスコット的な人気がある。


 きっと、だれかに否定されたことなんてないんだろうな。

 だから、なんでも肯定的に、前向きにとらえられるのだろう、と私は思った。


 詞は期待に満ちた大きな瞳を輝かせる。


「それに、楽器はできないけど、作詞ならできる気がするよ」

「経験あるの?」

「ふふっ、ない」


 詞はけろっと笑う。


「でもね、私の名前って、葉をると書いて『』じゃない? だから、できる気がするの」

「それでできたら苦労しないよ」

「任せて。人生、思い立ったその時がスタート……」

「それ、さっきも聞いたから」

「愛があれば、きっと書けるっ!」

「愛ねぇ」

「ところで、さっきの歓迎会で聞いたあの歌、葵が作詞したの?」

「うん。それがなにか?」

「暗い歌詞だなと思って」

「唐突に失礼だな」


 たしかに、詞に指摘されるまでもなく、自覚はあった。

 世の中をうがった目で見てしまいがちな私には、無邪気に明るい歌詞は描けない。


 けれども、周りの子たちはなにも言わない。

 「お疲れ」とか「すごくよかったよ」とか、気さくに声はかけてくれる。

 それはそれですごく嬉しいし、励みにはなるけれど、裏ではきっとちがうことを言われているんだろうなって分かるから、うすら寒くもなる。


 その点、詞は裏表なく思ったことをストレートに言ってくれる。

 だから、「失礼だな」とは言ったものの、正直嫌いじゃない。


 私は不機嫌をよそおい、詞に言った。


「そこまで言うなら作詞してきてよ。私が気に入ったら、入部を認めてあげる」

「あれ? さっき、入部は誰でも自由だって……」

「じゃあね。楽しみにしてる」


 私は意地悪く席を立ち、教室をあとにした。



 それから、一週間――。



「葵~っ! できたよ~っ!」

「大声出さなくても聞こえてる」


 詞が一枚のルーズリーフを手渡してきた。

 細くてきれいな字が、青いペンで書かれている。


「手書きなんだ。パソコンで打てばいいのに」

「手書きのほうが想いが伝わるでしょう?」

「古風なんだね、意外と」


 私は書かれた文字に真剣に目を走らせる。

 これはいい加減に扱ってよい物ではない。


 歌詞はもう、スーパー詞ワールド全開だった。

 読んでいるこっちが恥ずかしくなるような、恋に恋する乙女の妄想がぎゅっとつまった恋愛ソングだった。


 あまりに清々しくて、しぜんと笑みを誘われた。

 参った、この世界は私には描けない。


 詞がおずおずとたずねてくる。


「どう、かな?」

「うん、いいんじゃない」

「やったぁ! じゃあ、明日から私も仲間に入れてね」

「いいよ。よろしく」


 次の日から、詞はしれっと私のバンドのメンバーになっていた。


 入部していいとは言ったけど、私のバンドに入るなんて、聞いてない。




   ○



【詞の手紙②】


 葵のステージを初めて見た時、私は心をぎゅうぅっ! とわしづかみにされました。


 教室では常に孤高の存在で、どこか冷めた目をしている葵が、熱に打たれたように声を張り上げて歌っていて。

 そのギャップがあまりにカッコよくて、たちまち恋に落ちてしまいました。

 ちょろいと笑ってやってください。


 歌詞を書いてこいというので、葵への恋心をこれでもかと歌詞につめこみました。

 パソコンで打ったものをわざわざプリントアウトして、気持ちをこめて手書きに直して渡しました。


 真剣に読んでくれた葵の眼差しが、今でも忘れられません。

 意外とまつげが長いのに気づいて、ずっとドキドキしていました。


 けれどもこの時、私の想いは葵には一ミリも伝わらなくて、私は枕をぬらしました。


 ちょっとは気づけ、このにぶちん。

 ペンで書いてあったでしょ。




( 次回 :「高校2年、7月/合唱コンクールと恋愛ソング」 )

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