空に走る

和希

第1話 高校3年、9月/ガールズバンドと紙飛行機

【 つかさの手紙① 】


親愛なるあおい


 お元気ですか?

 葵と会えなくなって、もう何日が経つでしょうね。

 会えない時間は、ずっと葵のことを考えてしまいます。


 私の青春は、いつも葵という大好きな女の子を中心に回っていました。

 葵の青春はどうでしたか? 私を中心に回ってくれていましたか?


 もし私がいなくなっても、どうか葵の青春が輝きを失いませんように。

 今はただ、それだけを祈っています――。



   ○



 高校3年、9月。

 夏休み明け、始業式。

 星河女子高校は、一週間後にひかえた文化祭に向け、にわかに活気づいていた。


 私にも、他の子たちと同じように、やらなければならないことが山ほどあった。

 けれども、どうしても気力がわかない。


 だれもいない軽音楽部の小さな部室で、机を寄せ集めて島を作る。

 そして、その上に仰向けに寝転がる。

 たちまち、無機質なクリーム色の天井が視界に広がった。


 右手には、紙飛行機。しゃれた花柄の便箋びんせんで折られている。

 夏休みにけっこう時間をかけて選んだ便箋だったんだけどな。



――この紙飛行機を飛ばしたら、はたして天まで届くだろうか?



 私はしょうもないことを考えながら、けだるげに、紙飛行機を上に飛ばす仕草をくり返していた。


 やがて、美憂みゆ双葉ふたばが部室に姿を現した。

 美憂がだらけた私を見るなり、恥ずかしそうに告げた。


「葵ちゃん。その……見えそうです」


 美憂の視線を目で追っていく。

 膝を曲げていたものだから、スカートのすそがめくれ上がっていた。

 たしかに見えそうだ。


「いいよ、別に。ここ、女子校だし」

「じょ、女子校でもよくないと思います」


 美憂は遠慮がちに、しかしはっきりと、自分の意見を口にする。


 美憂のこういうところはえらいと思う。

 深窓の令嬢を絵に描いたような大人しい少女は、高3になり、自己主張ができるまでに成長していた。

 美憂が成長してくれて、私は心から嬉しいよ。

 ……って、いったいなに様なんだか。


 机に身を投げ出す無気力な私を見て、今度は双葉がいら立ちをあらわにする。


「葵、分かっているとは思うけど……」

「うん、分かってる」

「まだなにも言ってない」

「私たちには時間がない。だから一分一秒もムダにせず練習しよう、って言うんでしょ?」


 ぐっ、と息を飲みこむ双葉。

 やっぱりね、思った通りだ。


「分かってるよ、練習しなきゃいけないってことくらい。だから部室にも来た」

「だったら、早く練習を……」

「だけど、身体が動かないんだ、どうしようもなく」

「じゃあ、今日も練習しないっていうの?」

「ごめん」


 高校最後の文化祭に向けて、いちばん気合が入っているのは双葉だった。


 双葉は自ら先陣を切っていくタイプ。

 人のためにわが身を削ることをいとわないから、後輩たちからもすごく慕われている。

 練習でもそう。自分が率先して行動を示すから、周りもついていかざるを得なくなる。

 なんていうの、天性のカリスマ? 私にはとても真似できない。


 案の定、双葉が怒り出す。

 鼻息を荒くし、つかつかと部室の奥に進み入ると、となりの教室へとドラムを運び出そうとする。

 そして、キッと目をつり上げて、私に言い放った。


「本番までに間に合わなかったら、許さないから」


 行こう、と美憂に声をかけ、部室をあとにするする双葉。

 美憂はあわててキーボードを運び出し、双葉の背中に小声で言う。


「……仕方ないですよ。夏にあんなことがあったんですから」


 パタン、扉が閉まる。


 部室に残されたのは、抜け殻のような私と、一つのベース。

 持ち主を失ったパステルグリーンのかわいいベースが、部室のすみで、さみしげに立ち尽くしていた。


 まもなく、となりの教室から音が響いてきた。アグレッシブな双葉のドラムと、繊細な美憂のキーボード。うん、順調に仕上がってる。

 けれども、私の心をときめかせるベースの音が、圧倒的に足りなかった。


 私たちは同じガールズバンドのメンバーだった。




バンド名:『きらきらメモワール』


葵 :ギター・ボーカル/作曲

詞 :ベース/作詞

美憂:キーボード

双葉:ドラム




 私のバンドに勝手に入ってきて、こっずかしいバンド名をつけて、さんざん私をふり回した天真爛漫な少女は、もういない。


 私は深く息を吐き、自嘲する。


「ダメだな、私」


 美憂も双葉もすでに動き出したというのに。

 私の時間は止まったままだ。


 失ったものが、あまりに大きすぎた。


 私の大切な人は、夏の終わりと共に遠くへと旅立ってしまった。

 私だけを残して。


「よっ、と」


 とりとめもなく、紙飛行機を飛ばしてみる。



――天まで、届け。



 紙飛行機はすいと上昇し、ゆるやかに旋回したかと思うと、私を目がけて降りてきた。


「痛っ」


 紙飛行機が私の額を小突く。

 うめいても一人だった。




( 次回 :「高校2年、4月/女子校と入部」 )

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