あぶく銭…。

宇佐美真里

あぶく銭…。

毎度々々の、馬鹿々々しいお噺におつきあいを…。

えぇ~、落語と云うモノは時として不思議な…と云いますか、理屈に合わない話も結構あったりするモノで…。だからってそんな理不尽を誰も追求しようとはしなかったり。『粗忽長屋』なンて噺は、慌て者が自分の死体を見ててんやわんや………ナンて云うトンでもないお話。まぁ、詳しくは動画を探すなり、実際に寄席に足を運んでみると宜しいでしょう。


さて、ヒトは欲を掻く生物なワケでして。

上手いコトやってやろう…と考えるコトは皆一緒なワケで…。



脛次「いやぁ~、ビックリしたネェ~。この前突然或るヒトに『お礼に…』なンて言われて、金を貰っちまったンだヨ…」

伸太「何か上手いコトでもやったのかい?幾ら貰ったンだい?」

脛次「いやいや…。身に覚えはないンだがネ。2,020円さ…。まぁ、そこは重要なトコロでもナンでもない…」

伸太「ナンだいその"20円"っつうのは?2,000円でいいじゃねぇか?」

脛次「オイラだって分からんヨ…。とにかく千円札2枚と十円玉2枚を貰ったンだ…」

伸太「2020年に因んで…っつうワケかい?」

脛次「まぁ、ナンだかそんな様なコトを言っていた気もするが、よく分からん…。で、ワケが分からんから、とっとと使っちまおう…っつうコトになった…」

伸太「おぅ、それで驕ってくれるワケだ…オイラに?」

脛次「いや、その貰った金で結局"ロト"を買ったのさ…」

伸太「ナンでぇい!それじゃあ、あぶく銭は身につかねぇっつうくらいだから、きっとスッちまったンだろう…。泡となって2,020円は行方をくらました…っつうワケだな…あっという間に?」

脛次「いやいや、それがな?ナンと大当たりってなモンさ!」

伸太「ナヌっ?!幾ら当たったンだい?」

脛次「幾らだと思う?8万だぜ?!8マン!2,020円が80,000円に化けやがったのさっ!」


ポケットから当り券を取り出す脛次。それに目を遣る伸太。見たところで、ソイツは2桁の数字が6つ並んだだけのカード…。当たった8万を札束で見せられるならともかく…ただのカードだけでは全く実感なンて湧いて来やしない…。


伸太「う~ん…、"大当たり"と云うには微妙な金額だが、確かにそこそこの額だな…。するってぇと、今日はオメェの驕りかい?」

脛次「冗談言っちゃイケネェ…なンて、ケチ臭ぇコトは言いたくはねぇが、生憎と、もうすっかり使っちまってな…。もしも抽選日に戻れたならば、この当選金を更にロトにつぎ込むンだがなぁ~。失敗したヨ…後悔先に立たずとはよく謂ったモンだ…」


脛次は視線を遠くに遣りながら、後悔の念に駆られている…。


伸太「まぁ、そうくよくよするなって…」


脛次の肩を叩く伸太…。


伸太「あぶく銭は泡の様に…ってのは世の決まりゴトさ。さ、呑んでパーッと忘れようやっ!」

脛次「じゃあ、驕ってくれるのか?」

伸太「冗談じゃねぇ…。誰が驕るかっ!」


二人は赤提灯の暖簾を潜って行った…。

散々に杯を空け、へべれけになった二人…。

「じゃあな?!」「気を付けて帰れよ?」「ベロベロのオメェが言うな!オメェこそ気をつけろや…」などと、互いに言いながら別れる二人。


独りよろよろと千鳥足で歩きながら伸太は、脛次の"当りくじ"のコトを考えていた…。


伸太「しかし、脛次のヤツ…スッちまったとは云え、2千が8万になるだなンて…旨い汁を舐めたモンだ…。オイラにも誰か金を恵んでくれねぇモンかネェ~。おっとっとっと…」


千鳥足を踏みながら必死にバランスを取って歩くが………。

突然、足元にぽっかりと穴が空いている?!あるべきハズのマンホールの蓋がなく、踏み出した足は着地点を失って………。


ドスン!


目の前に星がチカチカと浮かんで見える…。


伸太「イタタタタ…」


辺りをよく見るが、どうやらドコかに落ちた様だ…。


伸太「ナンだい…。脛次と違ってツイてねぇ…」


辺りを見回すと、そこは何故か伸太の部屋…。傍らには普段寝ているベッドがある。ここから落ちたのだろうか…。


伸太「あれ?オイラ、いつの間に帰って来たンだ?確か帰り道だったハズ…」


とりあえず顔を洗い、正気を取り戻すとテーブルの上のリモコンを掴み、リビングのテレビを点ける。


テレビ「今日も一日ガンバっていきましょう!」


画面の隅に表示されている日付を見て驚いた伸太。


伸太「ん?木曜日?いやいや…昨日脛次と呑んだのは日曜日…。今日は月曜日のハズだろう?!」


リモコンを操作しチャンネルを換える。しかしどのチャンネルにも木曜日の表示が?!


伸太「何がナンだか分からんが…日にちが戻っちまったらしい…」


ポリポリ…と頭を掻きながら途方にくれる…。しばらくして…。


伸太「ん?!待てよ?!今日は木曜日…っつうコトは?!」


目を見開き俄然やる気満々になる伸太。そそくさと出掛ける準備をして、玄関を出る伸太。向かった先は…。


伸太「おばちゃん、これお願い♪」

おばちゃん「はい、ロト6を10口2,000円ね。当たりますように♪」

伸太「へへへ。これが当たっちゃうンだなぁ~」


何故か抽選前から上機嫌な伸太を訝しむ窓口のおばちゃん…。


伸太「ナンせオイラは当選番号を知っているワケだからな…。当たらないワケがない。コレで8万ゲットだぜ♪」


脛次に見せられた抽選券に記されていた6つの数字を覚えていた伸太。

これが夢でないのなら、伸太の懐にも8万円が転がりこんでくるハズ…。

ロト6の抽選日は月曜日と木曜日。


伸太「今晩、オイラは8万をゲットするぜ♪ヒヒヒヒヒ♪」


そして夕方6時。抽選時間がやって来た。パソコンの前に座り、宝くじ公式サイトを目にして抽選券を握りしめる。当選番号を確認する。


伸太「よしっ!当たったっ!8万ゲットっ!!まぁ、分かっていたコトだケドな…」


ニンマリとする伸太。悪い考えは留まるコトを知らない…。一度味を占めれば誰もが同じコトを考える…。次に思うコト…それは?


ウキウキワクワク…再び小踊りしながら町に出向いた伸太。

場所は再び、つい"この前の日曜日"、脛次と呑んだ後に落ちたマンホールのあった通り…。


伸太「このまま、もう一度マンホールに落ちれば、また"木曜日の繰り返し"!?ニヒヒヒヒ…」


ニヤける伸太。件の場所…。えいや!と蓋の空いたマンホールに飛び込んだ。


ドスン!


目の前に星がチカチカと浮かんで見える…。


伸太「イタタタタ…」


辺りを見回すと、そこはやはり伸太の部屋…。同じくベッドから落ちたワケだ…。


伸太「やっぱりな…。フフフフフ。しめしめ…」


しかし…その"三度目"の抽選。抽選結果を確認した伸太は愕然とする…。


伸太「配当金が下がってる???目減りしてるぞ?どういうコトだ?」


8万だった配当金は何故か1万となっていた…。


伸太「どういうコトだ???ちくしょう…。もう一度ヤッてやる…」


再び件のマンホール…。しかし、伸太の表情はニヤケてはいない…。

えいや!と蓋の空いたマンホールに飛び込んだ。


ドスン!


目の前に星がチカチカと浮かんで見える…。


伸太「イタタタタ…」



伸太「おばちゃん、これお願い♪」

おばちゃん「ロト6を10口2,000円ね。当たりますように…」


何故か眉を顰めて伸太の顔を見つめながら、窓口のおばちゃんは首を傾げていた…。


伸太「さぁ、今度こそ…」


"四度目"の抽選結果を確認した伸太は茫然とする…。


伸太「何でだ………。また減っている…」


配当金は元金の2,000円を下回り、1,000円チョット…。

その表情は引きつり、目は血走った状態でマンホールへと再々度向かう…。



伸太「おばちゃん、これお願い♪」


おばちゃんは窓口のガラス越しに、ロトの記入シートを伸太から受け取りながら、お化けでも見るような顔をして言った…。


おばちゃん「あんた…、随分と親戚兄弟が多いンだネ…」

伸太「へ?」


伸太は独りっ子。兄弟は居ない。親戚も少ない。


おばちゃん「だってほら………」


指差す伸太の後方。振り返る伸太。

そこには自分と姿形の全く同じオトコたちが、ズラ~ッと数十人列を成していた…。


伸太「



     どうりで目減りするワケだ…」



ヒトは欲を掻く生物…。

上手いコトをやってやろう…と考えるコトは誰も一緒なワケで…。

増してや、それが同じアタマで考えるコトならば………。


悪銭身に付かず…。チョイと不思議なお噺でございました…。

お後が宜しい様で………。



-了-

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