時計の死
つるよしの
時計の死
その小さな国の王都には、いつの時代のものかも知れぬ、古い大時計があった。
誇るべき古き良き時代の技術が作り上げたその大時計は、王都の広場に掲げられており、国の名物であった。
ただ、その時計には、ひとつ欠陥がある。
その時計は、正しい時刻より常に5分遅い時刻を示している。
わずかな狂いではあったが、王室に代々仕える時計技師がどう修理しても直らないのであった。
おかげで、いつしかその国は「あの狂った大時計のある国」と呼ばれるようになった。
これを民は嘆いた。
「あの時計さえ正確なら、我が国の威光も少しは増すだろうに」
「あと5分時刻が早ければなあ」
時計技師は懸命に修理に励んでいた。日夜を問わず、大時計の内部に出入りしては、秒針の調整に躍起になっていた。
しかし、時計の5分の狂いは直らない。
ところが、あるとき、王室の第6王子が酔った挙句に、時計技師の一族を斬殺してしまう。
「どうせ王位は兄貴に奪われてしまうんだ、こんな国に未練は無い、大時計など糞食らえだ」
さらに民は嘆いた。
「これであの大時計は終わりだ。5分遅いどころか、未来永劫動かなくなってしまう」
ところがその日から時計は少しずつ正確な時刻に向かいだした。
少しずつ、少しずつだが、秒針は速度を速め、現実の時間に近づいていく。
民は歓喜した。これで遂に我々の大時計は正確な時刻を示す。
もう「あと5分早ければ」と嘆く必要も無い。
もう「あの狂った大時計のある国」と揶揄されることも無い。
そして、人々は期待して待った。その時計の秒針が正常に戻る日を。日は近づくにつれ、民衆は落ち着きを無くし、そわそわし出した。
遂にその日が来た。大時計のある広場には多くの民が集まり、自らの手元の時計と大時計を照らし合わせて、そのふたつの時刻が重なり合う瞬間を待つ。
刻が来た。
ついに時計の針は5分の遅れを縮め、現在時刻と同じ時刻を指した。
民は狂喜乱舞した。
日を同じくして、時計技師の一族の生き残りは、拷問の末、白状した。
「古の時代から、我ら一族は、王室からひそかに“あの時計を常に狂わせておくように”と命じられていた」と。
怒った群衆に、王は牢に入れられた。
同時に、時計技師たちを殺した第6王子はその功績を称えられ、父王の座を奪って、新王にのし上がった。
だが新王の政治は、失政と腐敗とに満ちたものであった。失望した人々は国に対する忠誠を少しずつ失い、ついで、ばらばらになっていった。
新王は焦った。民の求心力を取り戻せねばならぬ。新王は戦を隣国に仕掛けて、国と自らの威信を保とうと決心した。
だが、新王率いる軍は、どこかまとまりを欠き、隣国にあっけなく惨敗した。
先王は力無く牢の中で言った。
「見たことか、我らのような何も取り柄の無い小国には、人々をまとめるものが必要だったのだ。それがあの大時計だ。あの時計が狂っていたからこそ、人々はその劣等感から、かろうじてひとつになれていた。いわば、あの時計の遅れこそが民を束ねる要だったのだ。だが普通の時計になったいま、我々はそれを失った。力の無い小国の我らは、国の象徴としていた狂った時計を無くし、ばらばらに散るのみだ」
その言葉を聞いた新王と腹心の部下は、王都に隣国が攻め入ってくる前夜、ひそかに国を脱出していった。
翌日、入場してきた隣国の軍の長は、あの大時計を取り外すように部下に命じた。
奴隷となった民たちにより、城の郊外にとてつもなく大きな穴が掘られ、大時計は埋められた。
それは埋葬のようであり、さながら、大時計の葬儀のようであったという。
時計の死 つるよしの @tsuru_yoshino
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