第2話 独りでいたい生態系

 トラ子が頬杖をついて、氷央を見ている。

「氷央ちゃん、可愛いだよー」


 小さくなった氷央が人差し指を、トラ子に向け、プリプリと怒っている。

「ちょっと! お人形さんじゃないんだから!」

 

 そんな氷央に、トラ子はまったく動じない。

「おリボン作ってあげるだよ! お揃いにするだよぉぉぉ〜」


 トラ子がデレデレして、氷央の髪に触れようとする。

 さすがに氷央が、トラ子の手を払いのけ本気で怒り出す。


「ちょっと……、だからッ!!! お人形さんじゃないって言ってるでしょ!? いざとなったら、あんたのこと食いつぶすわよ!?」


 トラ子がビクッとして、怯える。トラ子に鬼の姿になった氷央が思い出される。


 トラ子の肩の上にのる財布姿のガマ吉が、氷央を睨みつける。


「その前に、お前をのっとって、糸をぶち切るぞ!」

「何よ!? やる気!? その子供と、そこのお兄さん食いつぶしたら、相当やれるわよ? やんの?」

「あ? トラ子と円先生に手出そうっていうのか? お前、操られて、無残な死に方したいみたいだな」


 トラ子が慌てて、自分の肩にのるガマ吉を、撫でながら止める。


「ガマ吉、オラは大丈夫! オラがいけなかっただよ。氷央ちゃんをお人形にしようと思ったのは、オラだ……。ゴメンナサイ……」


 トラ子が、わざとらしく、めそめそと泣き出す。そんなトラ子をみてガマ吉が涙ぐむ。


「トラ子ッ!!! お前は本当に、なんて優しい子なんだ!」


 氷央があきれる。

「……なんなの? この寸劇ッ!?」


 円がニッコリと笑う。

「割といつもだよ」


 氷央がまた、思い出したように憤慨する。


「ていうかッ! 何で私がこのカレー臭い家に一人で置いていかれなくちゃいけないのよッ!」


 円がまた、にっこりと小さい女の子をあやすように、氷央をなだめる。


「ごめんねー。静と一緒がいいよねー」

「えっ!!! ち、違うわよ!」

「静は、さすがにもう休めないって言って、お仕事に行ったからね。あと紅ちゃんをなんとかしに」


 氷央の顔が、途端に曇る。

「……あの、女???」

「静と約束したでしょ? 仲直りするって」


 氷央が青ざめる。


「この能天気兄弟!!! あんなことあって、仲直りできるわけないでしょ……」

 

 トラ子が間に入る。

「紅子は大丈夫だよ。ちょっと怖いけど。妖怪と何かあったみたいだけど、結局、オラのことも、ガマ吉のことも見過ごしてくれてるだよ」

「……そんなの……。子供だから信用するのよ」


「うーん……。まあ、ただ監視されてる可能性はあるだな……。でも、そこはオラ達にとっても都合がいいって考えたらどうだか? こっちも邏卒の情報が入ってきやすいだよ? 情報とはいかなくても、察することもできるだ。紅子は顔に出やすいだよ」

「……。あんた……子供のくせに、そんなこと考えてるの?」

「トラ子ちゃん、甘くみない方がいいよ。この年にして、数々の修羅場を乗り越えてきてるからね。あと……耳年増!」


 コクリと、トラ子が頷く。

「耳年増だよ。真珠男子が大好きだよ」

「え……、う、うん? しんじゅ?」


 ガマ吉が目を細める。

「トラ子は、賢いなー」


 氷央がガマ吉を睨みつける。

「あんたは、黙ってなさいよ!」

「あ?」


 円はまた、仲裁に入る。

「ループ、ループしてるから! 今晩、紅ちゃんくるからね! よろしくね!」


 氷央がのけぞる。

「え!!! 今日ぉッッッ!? はぁあッ!?」


 円がほんわか、頷く。

「え? 聞いてない?? 大丈夫、大丈夫。 みんなでフォローするから、良いよね?」


 氷央は、この若者達に伝えなくては!との思いで、得々と語る。


「よく……ないわよッ!!! いい? 距離を取るのも大切なの! それも一つの関係性なの! 仲良く、仲良く、仲良く……って、それも傲慢! 分かった? 独りでいたいっていうのは当然なの! 私は、そういう生態系なの!」



 トラ子と、円がとても、とても、寂しそうな顔をする。


 そんな顔をされると氷央も居心地が悪い……。




 トラ子が口を開く。



「そ、そうかもしれないけど……。オラも、そういうこと思うこともあるけど……。でも……氷央ちゃんは、結果的に糸を静とつないだだよ?」

「……そ、それは……」


「できそうなら、仲良くした方が、メリット大きいだよ! 利用できるものは、利用するだよ!」

「……利用ッ??? また、この子供は。分かってるわよ。私が受け入れやすい言葉に置き換えてるんでしょ!? 何年生きてると思ってるの?」


「なら! 話は早いだよ! 氷央ちゃんはもっと、もっと、いろんな人と糸を繋げるだよ! 今までみたいに騙したりするんじゃなくて!」

「な……っ、何言ってるのよ!」


「オラも、氷央ちゃんのこと、大好きだ! 静だけじゃないだよ! オラも氷央ちゃんが好きだよ」

「は!? 何いってるの? 安っぽい!」


「安っぽくでも、何でも! オラにはガマ吉がいるだよ。ずっと一緒だっただよ。妖怪のこと、人間の中じゃ、分かってる方だよ? とにかくオラは……オラはッ!!! 氷央ちゃんと仲良くしたいだよ」


 氷央は、たった13才の子供にいいくるめられそうになり、焦る。


 そこへ円も、頬杖をついて入り込み、氷央の顔を除き込む。


「私も、氷央ちゃんと仲良くなりたいなー」

「え!?」

「だって、静のお嫁さんになるってことは、私の妹になるってことでしょ!?」

「なんないわよ! 話進めすぎ! 静なんて好きじゃないって言ってるでしょ!? 食べたかっただけ!」

「またまたー」


 ガマ吉もしぶしぶと言った感じで、同意する。


「俺も……仲良くしてやってもいいぞ?」

「あんたは、本当にどうでもいい!!」

「ああ!?」


 

 トラ子は着物の袖を巻く仕上げて、氷央に二の腕を見せつける。

「美味しいご飯作るだよー。胃袋掴めばなんとかなるだよー」


 円、トラ子、ガマ吉でほがらかに「あははは!」と笑う。


「おにぎりとか、サンドイッチとか、卵焼きとか、唐揚げとか、お夕飯だけどピクニックメニューだよ! 怪我してる紅子もつまめるように!」

「さすが、トラ子ちゃん!」

「いや……、誰かに食べさせてもらうとか、絶対に紅子は無理だと思っただよ。それだけでキレるだよ……。胃袋掴むどころの話じゃないだよ……」

「さすが……トラ子ちゃん……。確かに……」


 くるっと、トラ子が氷央に笑顔を向ける。


「氷央ちゃんと、紅子が仲直りできるようにしただよ」

「うっ……」


 トラ子の無垢な笑顔が胸に痛い。そんな笑顔を向けられたら……。でも、「はい。わかりました。仲直りします」といえるような案件ではない。

 事情をすべて知っているのに、この家の人間は少し感覚がズレているのではないか。



 ガマ吉がむくれている。

「子供のトラ子がこんなに頑張ってるんだ! お前いくつだ!」

「うっ……、うるさいわね!」

 


 氷央は不安だ。あんな戦闘をした人物と、和解できるわけがない。

 静のように、あそこまで自分に言ってきた人間も初めてだが、こんな家も何百年生きて初めてだ。

「な、なんなの!? この家!!!」


 

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