第3話 能天気な笑顔が続くように
日もくれた頃、ちゃぶ台で手のひらサイズの氷央がお箸を並べている。
そこへ静が、滑り込んでくるように茶の間に入ってくる。
「隊長、もうすぐくる!」
そして静は氷央を見つけると、両手を氷央の前に差し出す。
「ただいまー、氷央ちゃん!」
氷央は、プイッと、そっぽを向いて、むくれる。
「ちょっと! なんで置いていくのよ! 一生一緒にいるって言ったのに!」
「え! 実質的に!? そりゃ、俺だって、そうしたいけど! さすがに職場に彼女連れは! ……ゴメンね?」
静は氷央に拝むような仕草をし、謝る。
氷央はまだ、むくれている。
しかし、しばらくすると、静の方へ向かっていき、静の肩にのる。
静が頬をすりよせると、手で静を引き離そうとするが、氷央の顔は赤い。
台所から、円、トラ子、ガマ吉が顔を出して、ニタニタ氷央を見ている。
そんな三人に氷央が指を指しながら、プリプリする。
「ちょっとぉ!? なんなの!? 何!? 何か言いたいことあんの!?」
微笑んだあとに円が静に尋ねる。
「大丈夫だった?」
「なんか……、全然普通っていうか……。事情というか、今晩の趣旨を伝えたら来てくれるって。氷央ちゃんに冤罪をかけたことを気にかけている? いや、自分の捜査ミスに、自分で自分がゆるせない?」
そこへ、のっそりと、いつもの不機嫌そうな顔をした紅子が茶の間に入ってくる。
「おじゃまします」
静が慌ててふりむく。
「隊長ッ!」
静の首の後ろから、静の髪を掴みながら、ひょっこりと氷央が顔を出す。
氷央は静や円、そしてトラ子に言われたことを、とりあえず早くすませたい。
「腕……、へし折ってゴメンネッ」
そう口早に言うと、氷央はまた、サッと静の首の後ろに隠れる。
紅子は当然のように静の肩の上にのり、安心しきっている氷央が気に食わない。今の状況が、気に食わない。が、紅子は、なんとか口をひらく。
「冤罪をかけたうえに、銃で、蜂の巣にして、すまん」
トラ子は二人の凄まじいセリフに驚かずにはいられない。
「すっごい、仲直りだよ」
あえて紅子が自身の攻撃を大きく言ったように思われ、氷央はさらにもう一度謝る。
「……。その後に、あと一歩で殺そうとして、ゴメンネ」
紅子は氷央が、静の髪の先をキュッと握りしめながら話しているのを見ると、イラつき、さらに、さらに反撃する。
「その前にも、銃撃して、縄で拘束しようとして、すまん……」
氷央もさらに負けない。
「ていうか、そもそも、あんたの作戦とか、見切って、ゴメンネ?」
「いや、撤退した後に、援護が来る予定で、確実に次は仕留められそうで、すまん」
「ううん。私の……」
この家の誰しもが、「これ……、あきらかに仲直りじゃなくね!?」ということに気付く。円に視線が集まる。こんな感じでもこの家の主。円は二人の間に入る。
「ま、まって!!! 謝りながら、マウントしあってるから!!! うーんと、うーんと、まあご飯にしようか!」
なんとか、皆で夕飯を囲む。
紅子は、静と氷央が、照れながらも、いちゃついているのを見つめる。
「妖怪と人間」。それだけじゃない。加えて妖怪は手のひら程の大きさしかない。
こんなもの、おままごとに決まっている……。
紅子は、そう自分に言い聞かせようとする。
しかし、なか睦まじさは普通の恋人と何一つ変わらない。
それどころか、静の氷央への気遣いの一つ一つがいじらしく、それ以上に思える。
幹部は鬼女である氷央を利用しようとし、紅子に捕まえるよう命令を出している。
自分が氷央のことを報告すれば、静と氷央の関係は終わるだろう。
自分の手で終わらせることができる。
氷央を突き出せば、自分の目標にも近づく。
妖怪なんか、この世からいなくなればいい。いてはいけない存在。人へ害を及ぼすのだから。幹部が利用したいなら利用し、管理下におけばいい。
「静のためになる」とか「最終的にこれが静の幸せだ」とか、なんとか、それっぽい正当性を振りかざして、自分自身を騙せばいい。
しかし、静の笑顔、この能天気な笑顔が見れなくなる日なんて、望んではいない。望みっこない。
報告なんて、出来るはずもない。
紅子が視線を感じると、自分をじっと見つめるトラ子がいる。
「……せつなッ!」
目を輝かせ、興味津々といった感じだ。
紅子がトラ子に、無言でデコピンを向ける。トラ子が自分の額をかばうように両手で抑える。
「タンマ! タンマ! ゴメン! ゴメンだよ!」
紅子は小さくため息をついたあと、怪我をしていない方の手で、トラ子の頭をワシャワシャと、強めに撫でる。
トラ子の「やめてほしいだよ!」という声と、ケタケタ笑う声が茶の間に広がる。
ーーー
街中を20代後半の青年二人が歩いている。柔和な顔付きの青年と、鋭い目つきをした青年。
柔和な顔の青年が、少し仰ぎ見るようにして尋ねる。
「美味しかった?」
「ああ。まあ、まあだな」
「目標には必要な犠牲。君の強い力は維持しておきたいからね」
鋭い目つきの青年がほくそ笑む。
「妖怪みたいに、悪い人間だな」
「君の人の心を読む力のおかげで、ここまで組織は大きくなった。そして君はたくさん人を食べることができる。いいアイデアでしょ?」
「ああ……。本当にお前は賢いな。加えて実行力がある。お前みたいな奴にあえたのは100年ぶりか?」
柔和な青年の顔がほころぶ。
「おだてるのが、うまいなー」
「糸まで繋ぐ度胸もある」
「僕は、心の弱い人間じゃないからね。自信があるんだ。妖怪の力は魅力的だったし。若い子が食べたいの? 次も若い子でいい? 今、労働の会は僕に心酔し、僕のいうことを聞く、従順な子でいっぱいだよ。好きに言ってよ」
「まー、若いにこしたことはないが」
「他に何か?」
鋭い目つきの青年が、ニヤリと笑う。
「強い人間が折れた時……。その弱った人間が一番好みだ」
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