第4話 訪問者
商店街を若者たちがぞろぞろと揃って歩き、時折、同時に叫び声をあげている。
その姿を、非番の静と、トラ子が貸本屋で店番をしながら見ている。円とガマ吉は、買い出しにいっているようだ。
「あれは、なんだか?」
「労働の会のデモ行進。労働者の賃金平等、ひいては世界の平等を目指しているみたいで。カッコイイよねー。俺も参加したいくらいなんだけど、労働の会は政界入りも目指してるみたいで。俺、公務員だから、やめといた方がいいっぽいんだよね」
デモ行進を羨ましそうに眺める静を、冷めた目でトラ子が見つめる。
「若者は、こういった思想にかぶれやすいだよ」
また飛び出すトラ子の子供らしからぬ発言に、静が焦る。
「!? トラ子ちゃん! 今度はまた何の本読んだの!? この貸本屋のラインナップどうなってるの!?」
静の首の後ろからヒョイっと、氷央が顔を出す。
「私は……、何にでも興味を持つ静……、ステキだと思うッッツ」
「氷央ちゃんッ!」
静と、氷央が顔を赤くして見つめあう。
さらにトラ子が二人を冷めた目で見つめる。
「この、バカップルが!!!!」
ーーーー
紅子が署内に入と、静たち邏卒が、ワイワイと騒いでいる。労働の会のことで盛り上がっているようだ。
紅子の腕の包帯は取れている。
紅子が、静達の輪に入る。静が紅子の気配を感じ、持っていた労働の会のビラを見せる。
「あ! 隊長! 労働の会知ってます!? 若者が働きやすい世界を作りたいって。
特にこの代表! 法学部をトップで卒業。しかもイケメン! 優しい! 憧れちゃいますよねー」
紅子が、静や他の部下たちのビラを集めていく。きょとんとしながら、とりあえず紅子にビラを渡す若者たち。
そして、おもむろに、ビラを集めたあと……、紅子は束になったビラを強靭な握力に任せるままに、ビリビリと破いていく。
もちろん、静が叫ぶ。
「何するんですか!」
たんたんと紅子が答える。
「紙吹雪を作りたかった」
「無理あるでしょう!」
「……。その団体に近づくな。捜査対象だ」
静が驚愕する。
「ええええッッッ!!! まじっすか!? なんでまた!」
紅子が落ち着いて答える。
「後で、正式に指示が下りる」
そんな紅子に、一人の邏卒が駆けつけ、紅子に耳打ちする。
紅子が静に伝える。
「取り調べ室に行ってくる」
「一緒に行きましょうか?」
「……。いや、いい」
ーーーー
取調室に入ると、スーツを身奇麗にきこなした端正な顔立ちの青年が座っている。
机を挟んだ向かいの椅子に紅子が座る。
紅子に対して、青年が朗らかな笑顔で挨拶をする。
「こんにちは。労働の会の代表、
紅子は答えず、押し黙る。
「つれないな。知ってるでしょ? 労働の会。平等な社会を作るのが目標なんだ。こんな社会じゃなくてさ。この国を変えるんだ。労働の会ならそれができる。どんどん大きくなって、会員は日本全土にいる! ゆくゆくは海外にも広めていきたいなー」
紅子は無表情で、動じることなく、たんたんと言葉を返す。
「ただの稚拙な思想だ」
その言葉を聞くと、青年の顔はたちまち曇っていく。
落ち着かない様子で自分の爪を齧りだす。
そしてブツブツと呟く。
「こんなに労働の会は大きくなったのに……。いいことを、いいことを、いいことを、しようとしているのに……」
そして、感情が抑えきれないのか、突然叫び声をあげる。
「いいことを、しようとしているのにッッッ!!!」
そういうと、青年は、自分を落ち着かせるためなのか、また爪を齧る。
「カリッカリッカリッ」と、爪を齧る音だけが、不快に取調室に響わたる。
そして、原型を留めない程に、整った顔をゆがめ、憎々しい顔を紅子に向ける。
「あの時も、君はそう言っていたね」
「あの時」という言葉で、5年前の記憶が、溢れかえるように、そして息苦しさや、恐怖までが鮮やかに、一瞬にして思い出され、とうとう、紅子は青年をきつく睨みつける。
そんな紅子の顔を見ると、おもちゃをもらった少年のように、パッと無邪気に顔がほころぶ。
「わあ! やっと怒ってくれたね! 君に関心を持ってもらうのは嬉しいな」
その言葉は無視して、紅子が強い言葉で言い放つ。
「人を殺してるんだ。お前を捕まえる」
「殺した? 僕が?」
おどけた態度の青年に対して、紅子は、怒りが抑えられず、血走った目を向ける。
「少なくとも、5年前。お前が妖怪を使って人を殺したのを目の前で見ている」
「……不能犯」
青年が含み笑いを浮かべる。
「不能犯。今も! そして、5年前もね! 僕を捕まえるなんて無理だよ。妖怪は器物としていけるかな? でも、僕を捕まえるのは無理! 法律ってありがたいよね!」
紅子が青年の胸ぐらをつかむ。
「すごい力! 鍛えたの!? 君にこんなに恨まれるなんて嬉しいなあ! この国もお偉いさん達も、よく使ってるでしょ? 妖怪、便利だよね」
紅子が青年の首を絞める。青年はうすら笑いを浮かべている。どんどん、強く首を絞めると、青年の顔色が悪くなっていき、やがて笑顔も消えていく。
紅子は観念したように、投げ捨てるように、青年を離す。
何度か咳を繰り返したあと、青年が満面の笑みを向ける。
「全然、怖くなかったよ? やっぱり、優しいね、君は」
そして、仮面をすり替えたように、あっという間に無表情になる。
「………。そんなところが大嫌いなんだ。ずっと昔から」
シャツを整えた青年が、優しく紅子に微笑む。
「僕への執念があったにしろ、その年で幹部? さすがだね。最後にあったのは君が14才の時かな?」
紅子がまた、押し黙ってしまう。
そんな紅子を見ると、青年がケタケタと笑い出す。
「これじゃあ、どっちが取り調べを受けてるか、分からないよッ!? そんなに嫌? 僕の存在がッ!」
青年が、少しため息をつく。
「そうだね……。『君』だなんて呼ぶのは、やっぱりよそう。ずっと仲良く過ごしてきたんだもの。久しぶり、紅子」
紅子は口を開き、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声を発する。
「久しぶり……」
その紅子の小さな声に対し、心底嬉しそうな顔を青年はする。
紅子を試すように、その言葉の先を待つ。
紅子は、顔を俯ける。
やがて、決心した紅子は、うつろな目で青年を見上げる。
紅子は青年の言葉に対して、ハッキリと、その言葉を口する。
「久しぶり……、兄さん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます