第5話 反射神経、底辺ッ!

 紅子の言葉に、兄であるるいは満足する。


「変わることなく、紅子は優しくて、強い子だね。彼もきっと気に入ってくれる」

「彼……」


 紅子に悪寒が走る。



 部屋の外が突然騒がしくなる。激しい物音や、叫び声が響く。



 紅子が兄を睨みつける。


「何かしたのか」


 塁は紅子の問いかけに爽やかな笑顔で答える。


「労働の会の今後のために、力をお披露目したかった」


 その言葉に警戒し、紅子が銃に手をかける。


「力!? 妖怪か!?」



 塁がゆっくり頷く。



「それと、とても良い子で、心の強い紅子のことも紹介したかったんだ」 



 取調室の扉が勢いよく開く。静だ。



「隊長! 指示を! 侵入者1名が、あたりかまわず攻撃してきて! そこの取り調べを受けている人は、こっちへ避難を!」



 静の姿をみて、塁が微笑む。



「この状況下で僕のことを気にかけてくれるの? この子もとても優しい子だね」




 紅子が叫ぶ。

「静! 伏せろ!」




 銃声が響く。




 静は自分の頭上、ギリギリを銃がかすめたため、涙目で、紅子を見る。



「ちょ、ちょっと! 本当に信じられないッ! 俺の反射神経を甘く見ないでください! 底辺ですよ! 底辺ッ! 今のは本当に奇跡でしかないですからッ!」


「黙れ静ッ!」



 静の後ろには、青年が立っている。



 長い黒髪を頭頂部で束ね、鋭い目つきをしている。



 紅子に見事に胸を打ち抜かれているが、その傷はどんどん回復していく。




 紅子は5年前の記憶が、鮮やかに蘇る。



「お前ッ!!!!」




 さらに紅子がもう一発、銃で撃ち抜く。




 撃ち抜かれたことなど、なかったかのように、その青年は塁に話しかける。



「塁、迎えにきたぞ」

「うん、時間どおり」



 鋭い目つきの青年が、紅子に撃たれた傷口に触れながら口を開く。



「ここまで躊躇なく、撃ち抜いてくるなんて。勇ましい、勇ましい」



 塁が、青年を見上げて問いかける。



「ね? 気に入ったでしょ? でも、サトリは5年前に一度会ったことがあるんだよ」

「そうか?」


 自分のことを忘れているらしい青年の口ぶりを聞いた、紅子がまた銃を向ける。

 体は怒りで震えている。


「まあ落ち着いて紅子。紅子は忘れるわけないか。名前は知らないよね? 天狗のサトリ。身体能力も高い上に、人の心が読めるんだ」



 塁の言葉に、紅子は一種の希望のようなものを見つける。サトリは人の心が読める。そう言った。




 紅子は塁にすがりつくように、叫ぶように話し出す。

 



「やっぱり兄さんは妖怪のせいでそんな風に! あれから妖怪のことは何だって調べた。何処にだって行った。情報が入りやすいように邏卒にもなった! やっぱり、その妖怪にあやつられて……、全部違うんだ! 兄さんのせいじゃな……」




 紅子が言い終わらないうちに、塁が哀れと言わんばかりの顔を向ける。



「違うよ、紅子。サトリにそんな力はないよ」

「人の心を読む力を使って……」

「分からない子だな。僕はもともと、こういう人間なんだ」



 塁がにんまりと、笑う。


「ずいぶん、動揺しているね」



 そういうと、塁はくるりと、サトリの方を向く。



「サトリ、今なら弱ってるから、食べられそうなんじゃない? 言ってたでしょ? 強いやつが、弱った時の心を食べたいって」

「ああ」



 呆然としている紅子に、サトリが近づいていく。


 


 さらに紅子とサトリの距離は縮まっていく。





 しかし、紅子は逃げるそぶりさえしない。ただ塁の言葉が受け止めきれないのか呆然としている。


 



 サトリが、紅子に手をかけようとする。





 気配を感じるはずなのに、それでも紅子は動かない。





 するとサトリの額を、誰かが打ち抜く。







 紅子が銃声に驚き、我に返ると、静が銃を構えている。





 サトリを撃ったのは静だ。





「隊長! しっかりしてください! もうすぐ援護が来ます! それまで、なんとか!!!」





 静の言葉で、紅子はいつもの調子に戻り銃を構える。

 紅子の目には、冷静さと、強さがある。



 サトリはやれやれと言った様子で、静に撃たれた額をポリポリと、人差し指でかいている。


「あーあー、もう立て直しちゃった。それに、そう何度も撃つなよ。まったく痛くないってわけじゃないんだから」


 塁がサトリを気遣うように語りかける。

「サトリ、援護がくるって。もうそろそろ、おいとましようか」



 サトリが首を振る。



「いや、援護なんてこない。こいつ嘘を付いたんだ」


 静がギョッとする。


「しかも、それがバレたらバレたで、俺の『心を読む』能力を試したいってのもあったみたいだ」

「本当……なんだ」

「分かってくれたかな?」

 

 塁が軽く拍手する。


「お利口さんだね! でも、まあ、本当に援護を呼ばれてもおかしくないし。今日は挨拶にきただけだから、もうそろそろ帰るよ」


 サトリが取調室のガラスを割り、窓に足をかけ、塁の方に手を差し伸べる。



「塁」

「ありがとう、サトリ。じゃあね、紅子。またすぐに会えると思うから」



 塁と、サトリが姿を消す。


 その窓を、血走った目で紅子が睨みつけている。



 そんな紅子を静は不安そうに見つめる。



 労働の会の代表を紅子は「兄さん」と呼んでいた。



 その上、氷央と繋がっている静には、塁とサトリが糸で繋がっていることも見えた。



 そして、サトリは、署を襲撃し、さらには紅子を喰らおうとしたのだ。


 紅子の兄である塁の指示で。


 もう、なんと声を掛けていいものか、どうしたものかと、静が迷っていると、紅子が呟く。


「静……。助かった。すまなかった」

「何いってんすか! 隊長にお礼言われるとか、気持ち悪いんすけど!」


 いつもの紅子と調子が違うことに居心地が悪く、つい静が言い過ぎてしまう。

 そして、やはり紅子は黙っている。


 失敗した! 自分で自分が嫌になる! と静が焦っていると、紅子がゆっくりと口を開く。


「今度、私の過去にあったことを全部話させてくれ。傀儡や、氷央にも意見を聞きたい……」

「もちろん! ふたりも絶対聞いてくれますよ! 力になってくれますよ!」


 静は両方の手で拳を作り、何度も紅子に向かって激しく頷く。


 自分のために、静が空元気を盛大に振り回す姿を見て、紅子は少しだけ、小さく悲しげに微笑む。






 










 

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