天狗「サトリ」

第1話 不安しかない投げキッス

 数々の難関を乗り越えて、恋人になった静と氷央♡ 二人は愛の逃避行へ。これからも、多くの壁を乗り越えて、幸せに暮らしていくことでしょう! THE END

 

 そんなルンルンな気分でいたいものの、そういうわけにもいかないッッッ!!!


 静と氷央は普通の恋人同士ではない。氷央は妖怪で、静は人間だ。


 邏卒は、妖怪である氷央を追っているだろう。

 あそこまでの作戦を行って失敗したのだ。威信をかけて、それも血眼になって、捜索しているに違いない。


 静は途方にくれる……。


 


 氷央は手のひらサイズになり、身を隠しやすいものの、そもそも静自身が邏卒。

 

 早々に兄である円の家に身を寄せる。なんと、戦闘があったその日の夜に! 


 1日も、もたない愛の逃避行……。しかも邏卒である紅子にバレバレの逃走先。

 



 だが、ここは氷央を救うために動いてくれた人々がいる場所なのだ! 結果的に紅子を救うため、糸を切り瀕死に追い込んでしまったが……。動いてくれたことは確か! 加えて氷央が弱体化している今、いざとなったら強力な能力を持つトラ子とガマ吉を頼りたいという下心もあった。




 氷央と逃げようとして、静は気づいたのだ。





 妖怪は強い能力を持つ。


 


 しかし、個体数で言えば、人間の方が圧倒的に多い。




 頼るどころか、真実を伝えることさえも、あまりに難しい。




 静は、氷央の、あまりに寂しそうな横顔を思い出す。あの消え行ってしまいそうな、儚い氷央を。



 

 この場所は事情を知り味方でいてくれる人々がいるのだ。


 妖怪である氷央を助けるために動いてくれた人々がいる場所。



 唯一と言ってもいい安全な場所。




 それに氷央に食われた静は体力的にも、逃避行を続けるのは難しかった。円や、トラ子のご飯に癒やされつつ、ありえないくらい、円の家でほんわか数日を過ごす。

 すっかり元気になった静。


 しかし、いつまでも、ほんわかしている場合ではない。


 さて、どうしたものか……。やはり、ただこの場にいてよいものだろうか。

 

 氷央と一緒に東京を出る? どこか田舎でひっそり。 いっそ海外に? いや、条約によっては、海外でも引き渡されてしまう???


 それ以前に、しばらくは東京を出ようとするだけで厳しい検問があるだろう。それを抜けるのは難しい。弱体化している氷央では、あっという間に捕まってしまう。それだけは避けなくちゃいけない。


 いざとなったら、自分がどうなっても逃げ切って欲しいと静は思うが、氷央はそれを選ばないだろう。


 邏卒である静には分かっている。新政府が起こした、この組織の綿密さ。逃げ切れるものではない。

 下手に検問を通るくらいなら、この場に留まっていた方が、まだいいくらいだ。




 静は思う。


 氷央を匿う上で、邏卒内での協力者は必要不可欠だ。



 力になり頼れる存在は……?


 思い浮かぶのは……、紅子のみ。


 紅子の権限は大きい。理解を得られれば、氷央を匿いやすくなる。


 しかし……、紅子は妖怪に、とてつもない憎しみを持っている。



 紅子には妖怪との因縁があるに違いない。言動の端々から、それは痛々しい程に分かる。


 しかし、今回の件では、ガマ吉に命を救われている。ガマ吉も、また妖怪なのだ。

 紅子の妖怪に対する見方も変わっているかもしれない。


 何より、この家を一度も訪れてきていないのだ。真っ先に疑うべき、この場所を。


 そのことが、上層部と別の行動を紅子が取ろうとしていることを、何より意味しているのではないか。


 トラ子とガマ吉のことを紅子は、勝手に監視対象とし、上層部に一切報告していない。


 紅子は自身の目的のためには、上層部に言われたまま動くつもりはないのだろう。その辺りは直属の部下である静は感じとっている。

 

 氷央を、トラ子とガマ吉と同じような状況に置くことができれば一番いい。



 ここは紅子の理解を得て、紅子に協力を仰ぐしかない。あえて徳川家康の懐に逃げ込んだ石田三成的な戦法!?



 目指すは「氷央と紅子の仲直り」作戦!


 数々の思考を繰り広げ、大分ざっくりした作戦を静は考えついたのだった!


 


ーーー


「隊長と氷央ちゃんに仲直りしてもらうしかない! 今日、隊長をこの家に呼ぶ! てなわけで、とりあえず仕事行くわ!」


 という、戦法?とはいえない、静の提案に協力することになった、トラ子、ガマ吉、円。


 「今後、静はどうするのだろう……」と、心配していた矢先、あっという間にこの家にやってきた時は全員、驚愕した。大胆不敵というか、何も考えていないのか……。今回の作戦も三人は不安でしかない。

 

「静の氷央への想いを知り協力を決めたのだ。ここで降りるわけにはいかない!」ということになって、一緒に泥船に乗ることを決意した三人。


 トラ子と円は、仕事に行く静のために朝ごはんを用意する。


 自分達の作った朝ごはんを美味しそうに食べる静に目を細めるものの、「うわーッ! 緊張する!!!」と、始終大騒ぎの静。


 さすがに「うるさいな……」と、そんなふうに思って、やっと、静を送り出す。


 と思ったら、戻ってきて「忘れ物ッ!」といって、静は氷央に右手、左手、両手を使って何回も投げキッスをする。


 氷央を含め、青ざめる面々。


 慌ててまた飛び出した静が、足を戸にぶつける。しばらく、うずくまった後に、ケンケンしながら、出かけていく。


 そんな姿を見て、静を見送るために上げた、トラ子の手が行き場をなくす……。


「……だ、大丈夫だか!?」

 



ーーー

 

 トラ子、その肩にはガマ吉、そして円。三人がちゃぶ台を囲んでいる。


 三人が見つめる先、丸いちゃぶ台の上。そこには、小さくなった氷央がいる。



 ここで不憫なのが氷央!


 この数日間、静がいるから、この家にまあまあ居心地よくいることができたのだ。その部分が大きいのは当然の話! 


 氷央は円の家に、静なしで、とり残されてしまった!




 

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