第7話 若くて綺麗

 氷央が街中を歩いていると、突然、大勢の邏卒に取り囲まれる。

 そして邏卒達は、氷央に向かって一斉に銃を構える。


 その様子をみた氷央は、臆することなくニヤリと笑うと、駆け出し、軽々とその包囲網を抜け出す。

 しかし、その前方にも銃を構えた邏卒が隊列を組んでいる。


 四方八方を取り囲まれた氷央が、軽くため息をつく。

 そして、周囲を見回し、陣形や街全体を把握する。


 後方には銃を構えた紅子がいる。

 その紅子を一瞬にして、氷央は捉える。

 

 紅子が大声を上げる。

 「撃て!」


 一斉に銃が放たれるが、氷央はひらりと高く跳び上がり、その砲撃をかわす。


 しかし、飛び上がった先、屋根の上にも銃を構えた邏卒達がいる。氷央は何発もの銃弾をくらってしまう。




 撃たれた氷央が地面に叩きつけられる。




 数秒たっても、倒れた氷央が動くことはない。体からは、血が流れていく。






 少し横を向けた美しい顔。その閉じられた目は開くことがない。





 そんな氷央の姿をみて、邏卒達の「やった!」などの歓喜の声が響き渡る。


 


 それでも氷央は動くことはない。



 邏卒達が捕獲のため、氷央に近づき、顔を覗き込む。







 息絶えた氷央の顔はより白く、みとれる程に美しい。


 






 氷央の綺麗な髪だけが、風に揺れる。








 邏卒達が捕獲しようと縄を出す。






 すると氷央の瞼が、わずかに動く。そして、突然、目が見開く。







 邏卒達は、後退る。





 怒りに燃えた瞳で、氷央はボソリと呟く。


「さすがに、腹が立つわね」



 むくりと、氷央が立ち上がる。

 

 歓喜に沸いていた邏卒達が、静まり返り、冷静さを取り戻す。


 訓練された邏卒達は、すぐに銃をかまえる。


 また氷央が一斉砲撃を受ける。

 

 しかし、今度は倒れることはない。

 氷央は、作ったような悲しい顔を浮かべる。


「はあ、ひどい」


 そして邏卒達を見回す。

 笑顔を浮かべた氷央は不気味な程に美しい。


「ちょっと、可愛くなくなっちゃうんだけど、仕方がないわね」






 氷央の口元からは牙がみえ、着物の上からも分かる程に筋肉が浮かび上がる、頭には角が伸びる。






 邏卒達の前には……、鬼がいる。







 邏卒達が、銃を構えたまま、その姿に恐れおののく。


 氷央は周囲にいる邏卒達を、腕や、足であっという間に薙ぎ払う。


 抵抗する間もなく、邏卒達は倒される。


 そして、まっすぐに走っていく。


 行く先は、紅子だ。


 銃を構えた紅子の前に氷央が躍り出る。


 氷央は紅子に銃を向けられいるが、そのまま笑顔で、紅子に話しかける。


「あなたが指揮をとっているのね?」


 紅子はそのまま、氷央を睨みつける。そんな紅子を嘲笑うように、氷央が続ける。



「将軍が先陣を切るのは士気が上がっていいことよ? だけど、力に差がありすぎたわね。これじゃあ、もうお終いじゃない? 敗戦! 残念でした!」


 紅子が構えた銃で、何発か氷央を撃つ。


 銃弾が氷央の体を貫く。


 氷央は少し体を屈めるものの、すぐにまた直立する。


 



 銃で撃たれた体が、少しずつ回復していく。





 紅子が、憎々しい表情を浮かべ、氷央に、その言葉を……、投げつける。





「このッ、化け物がッ!!!」





 その言葉に氷央は怯み、顔を下へ向ける。


 少して氷央が顔を上げると、その顔は怒りで、歪んでいる。

 


 氷央は、紅子の手首を強く掴む。その力に耐えきることができず、力尽きるように紅子の手から、銃がすべり落ちる。


 氷央は、そのまま吊るし上げるようにして、紅子を持ち上げ、目線を合わせる。


 氷央はまじまじと、紅子の顔を見る。




「若くて、綺麗ね……」




 そういうと、氷央は紅子の腕を後ろに軽々と捻る。




 紅子の悲鳴と一緒に、鈍い音が響く。




 捨て去るように、氷央は紅子の手を離す。


 崩れ落ちた紅子は、腕を抱え、その場に倒れるようにうずくまる。


 そんな紅子を見て、氷央がニッコリ笑う。


「でも、それだけ!」

 

 氷央はゆっくりと、紅子が落とした銃を拾う。

 

 そして今度は氷央が紅子に銃を向ける。


 紅子は跪き、腕を抑えたまま、氷央を睨みつけるが、先ほどまでの勢いはない。

 腕は、恐らく折れている。 


 氷央は憐れむように紅子を見下げる。


「あなたは若くて、綺麗。でも、それだけね。力はもちろん、知略、戦略において、鬼女であるこの氷央に敵うはずもない」


 紅子は一呼吸おく。

 そして、なんとか力を振り絞り、大きな声で叫ぶ。

「第乙種2号体制で撤退! 住民の避難を最優先に!」



 紅子のことを気にかけているのか、邏卒達は動きださない。


 紅子はもう一度、叫ぶ。

 

「退け! 私もすぐに行く!」


 前線の邏卒達が氷央に銃を向け、警戒しつつ後ずさり、隊列を組み機敏に撤退していく。


 氷央は満足そうに頷く。


「手に負えない程のバカじゃないみたいね。ここまでの力の差なら、撤退するしかないわね?」


 正に鬼の形相で、氷央は紅子を見下ろす。


「でも……あなたは許さない。逃さない」

 

 

  

 そこへトラ子とガマ吉が、辿り着く。その少し後に、静を支えながら歩く、円が後を追う。



 トラ子は、銃を向けられている紅子を目の当たりにする。

 驚きと、心配で、トラ子が涙声で叫ぶ。


「紅子ッ!!!」


 

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