第5話 そんな程度の恋心

 静が署に向かうと、署内のほぼ全員の邏卒が出動の準備をしている。


 その緊張感に静は、あっけにとられる。


 慌ただしくしている紅子を見つけ、静は駆け寄る。


「隊長! これは? どうしたんです? 何か作戦!? 俺……、何も知らないです」


 紅子が静を冷たくあしらう。

「お前には、知らせてないからだ。知らなくて当然だ」


 静は、黙る。これから、何が行われようとしているのか。静の顔色がみるみる悪くなっていく。


「そうだ。お前が彼女が出来たと浮かれていたのは、妖怪だ。お前抜きで準備する必要があった。余計な動きをされては困る」


 やはり紅子に感づかれていたと、静は察する。

 そんな静に紅子は問いかける。


「一応聞いてやる。その女が妖怪だと、お前は、いつから気付いてた?」

「そんな! 氷央ちゃんをどうするんです?」


 自分の質問に答える気のない静に、紅子はため息をつく。



 静には、構わず去ろうとする。


 その紅子の腕を静が強くつかむ。


「氷央ちゃんを! 氷央ちゃんを、どうするんですか!」


 静の腕を紅子が、軽々と振り払う。

「鬼女が現れる区域は、調査済みだ。その区域を封鎖して捕獲する。上からの命令だ。令状も出ている」

「ただ……、ただ取り調べをするだけですよね?」


 紅子が何も言わずに、また去ろうとする。また静が紅子にすがりつく。


「教えてください! もう決行はきまってる! もう俺が何かしようがないでしょ?」


 少し考えて紅子が口を開く。

 

「捕獲のために発砲命令も出ている」


 静は言葉を失うが、何とか紅子に訴える。


「普通の女の子なんです! 発砲だなんて!」


 何度も食い下がる静に今度は紅子が、苛立ちが隠せなくなってくる。

 

「何処が普通だ。妖怪だ。既に犠牲者も出ている。お前も見ただろう! 死人が出てるんだ」


 静が首を大きく横に振る。


「違う! それは氷央ちゃんじゃない! 氷央ちゃんは、そんなことをする子じゃない!」

「何で、そんなことがいえる! 上が遺体との関連があると判断した。これ以上、犠牲が出たらどうする!」

「……。とにかく! 何かもっと別の方法が」


 静はとにかく作戦を中止する方法はないかと考える。思い浮かぶのは、ガマ吉の存在だ。


「ガマ吉くん! 隊長はトラ子ちゃんと、ガマ吉くんを見逃してるじゃないですか」

 少し声を抑えて紅子が答える。

「勘違いしてるようだな。時がくるまで監視している。その方が都合がいいだけだ」


 静は、その言葉に食らいつく。


「じゃあ、氷央ちゃんも! もう少し調べる必要があると思いませんか!? 監視対象でいいじゃないですか!」

「傀儡に何があったか知らんが、傀儡は娘を5年間食っていないという事実がある。そして傀儡はレアケースだ。既に犠牲者を出ている鬼女には、それなりの対応をとる必要がある」

「……」


 言葉の応酬にしかなってない。静はなんとか、この作戦を止めるための方法を思案する。



 しかし、静は朦朧とし、意識が遠のき、紅子の顔もぼやけてくる。




 自分で気付かないようにしていたが、ずっと体調が悪い。今まで、なんとか立っていた状態だ。


 静は俯き、右手で額を覆う。


 そして、先程まで、あんなにも食い下がっていたのに、言葉を発しなくなる。



 その仕草で、紅子は静の体調が思わしくないことに気付く。


 紅子の声が先程の荒々しいものとは違い、静を気遣うように、少し優しいものになる。



「静? どうした? 大丈夫か?」



 そんな紅子の声も、静には遠い。とうとう、静はふらつき、倒れるように床に膝をつく。



 そんな静に驚き、紅子が駆け寄る。


「静ッ!」



 紅子が静の顔をみると、やたらと青白い。どことなく、やつれ、目の下にはクマがある。


 紅子は、まさかとは思うが、静かに尋ねる。


「……お前、知っていて糸を繋いだのか?」

「……」

 

 静は紅子から目をそらし何も言わない。



 紅子は心配よりも、怒りが強くなる。


 静の胸ぐらを掴み、そして叫ぶ。




「お前ッ! 遺体のことも、何もかも知っていて!」




 静は朦朧とする意識の中、紅子に言葉を返す。



「氷央ちゃんは、いい子なんです」



 そんな程度の浮かれた恋心で……。紅子は、その言葉を聞き、呆れた気持ちと、怒りが入り交じる。


 静は、仕事に関しては、冷静に動けると、紅子は評価していた。


 トラ子とガマ吉のことを、円が保護しているという報告も文書で提示してきた。


 静は妖怪が原因とみられる遺体を見ている。さらに実際に傀儡の能力によって操られてもいる。


 いくらトラ子が傀儡のことを、ガマ吉と呼んで信頼していても、実際に接して、傀儡がトラ子を守ろうとしていると感じとれたとしても、傀儡は静にとって未知数だ。


 妖怪に詳しい紅子に報告することが、トラ子の身の安全に必要だと判断してのことだろう。状況ことや、知る限りの背景なども、詳細に記載されていた。


 だからこそ、静を作戦から外すこともためらった程だ。それ程に静を信頼していた。

 鬼女の事も、報告してくるのではないかと、期待もあった。しかし、報告はなかった。まさか、知っていて糸まで繋ぐとは。



 紅子は、静の胸ぐらを掴んだまま、静を引きずり、辺りのものをなぎ倒し、勢いよく壁に静を叩きつける。



 大きな物音が署内に響きわたる。



 何事かと、署内の邏卒が全員二人に注目する。

 紅子が続けて、叫ぶ。


「じゃあ、そのざまは何だ! なめるにも程がある。そこまでのバカだとは思わなかった!」

 首を締め付けられた静が何とか言葉を繰り出す。

「隊長は、知らないじゃないですか……、氷央ちゃんのこと……。ガマ吉くんだって……」


 腹を立てた紅子が静の首をさらに強く締め上げる。


「知らないのは、お前の方だ! 教えてやる。上からの命令は鬼女の射殺だ。捕獲は建前だ!」

「……そんな。捕獲で……足りるじゃないですか」


 紅子は息を吸い込み、大きな声で静に言い放つ。





「妖怪から糸を切らないなら、妖怪を殺すしかないからだ! じゃなきゃ人の方が死ぬ!」





 見かねた邏卒達が、紅子を取り押さえる。少し落ち着いた紅子が、邏卒達を振り払う。


「離せ! 上官命令だ」


 紅子が落ち着いたこともあり、邏卒達は紅子に敬礼し、また準備を始める。


 床に膝をついて、むせている静に紅子がいう。


「お前を救うことにもなるんだ」


 静を置いて、紅子も準備のため、その場を去っていく。

 







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