18 未来人、帰還する
うさ耳にバイオリンを返し、人ごみに紛れる。
先ほどの演奏を見ている人も何人かいるみたいで、遠巻きに噂話をされている。
ばっちり顔を覚えられてしまったようだ。
俺が乱入して、観客もかなり増えた。
投げられる金銭も増えに増えて、帽子からあふれ出ていた。
今日だけでかなり儲かったかもしれない。
彼は受け入れてくれたけど、いきなり突撃するんじゃなかったかな。
ていうか、向こうの世界で出くわしたらどうしよう。
姿の変わっていない俺を見たら、驚かれるかもしれない。
まずいな、盛大にやらかしてしまった。
後悔と焦りがじわりと込み上げてくる。
「今回は大丈夫ですよ。
多少、未来で何かあるかもしれませんけど……突然変わったりしませんから」
どきりと心臓がはねた。
よほど表情に出ていたらしい。
「そういうものなんですか?」
「ですから、今回は、多少の影響しか出ないと思いますよ。
何がどうなるかまでは、私にも分かりません」
短めに言い直した。
何度も言わせるな、ということだろうか。
「いきなりのことだったので、最初はびっくりしましたけど……ここで見ることはないと思っていたので、嬉しかったです」
エリーゼさんはにこにこと笑っていた。
本当なら数十年先のことなんだもんな。
夢で見るのとじゃ、また違うんだろうし。
「俺も喜んでもらえてよかったです」
その後は二人で出店を見て回った。
勇気を出して話しかけてくれた人もいたけど、さすがに長話のできない。
適当にあしらって、逃げる。それの繰り返した。
どこも活気であふれており、見ていて飽きない。
確かに、これは参加しないと損していたかもしれない。
「バラ園で演奏する夢、見ました?」
「……そこまでは見てないです」
彼女は首を横に振る。
なるほど、予知夢で見ていない未来があるのか。
未来をすべて見ていると思っていたけど、自分の死ぬ姿なんて見たくもない。
これもある意味、救いと言えば救いなのかもしれない。
つい数か月前のことだ。
近所のバラ園が見頃を迎えたということで、お茶会を開くことになった。
サプライズの予定だったが、最終的にはすべてバレてしまった。
「なら、数十年後を楽しみにしててください。
さっき以上の楽しいことが待ってますから」
言い出しっぺのカインがばらしたようなものだ。
あの人がたまに出す一昔前の不良みたいなセンスって、この時代にはすでに確立されていたのか。だとしたら、何年前に不良に目覚めたんだ?
未だに更生できていないのも、どうかと思うんだけどな。
「本当のことなんですか?」
「未来から来た俺が言ってるんですから。
まちがいありません」
この時代では見られない、意外な一面を見ることができるはずだ。
それを知るのは何年後の話になるのだろう。
「それもそうですね。楽しみに待っています」
楽しいことには違いないが、バラ園で演奏している頃の俺は知る由もない。
嗚呼、あの能天気だったときの自分にはもう戻れない。
まさか、数日しかない夏季休暇にこんなこと起きるとは思わないだろ。
誰にも話すなとは言われていないけど、彼女のためでもあるけど、このことは誰にも話さない気がする。
人の流れに紛れながら、適当に食べ歩く。
なかなか体力を使ったみたいで、小腹が空いていた。
祭りの会場から少し離れ、裏路地を抜けた先に広場があった。
こんな人気のない場所があったんだ。
「ここからだと花火がよく見えるし、誰にも気づかれないんです。
みんなで探し回った甲斐がありました」
最終的に全員を巻き込んだのか。
本気を出したら、どこにも隠れられなさそうだし、探し出せそうにない。
向こうの世界で見つけ出せるか、不安になって来たな。
「二人になるまで、どのくらい時間がかかるかは分かりません。
けど、私はずっと待っていますから」
寂しそうに笑う。
別れのつもりなのだろうが、手を強く握る。
「……帰ってほしくないって、思ってます?」
俺から目をそらし、無言でうなずいた。
ずっと会いたくて仕方がなかったんだもんな。
「けど、1日だけって元々決めていましたし」
「いいんですよ、別に。
カインからも1日だけと言わず、ここにいてほしいって言われましたし」
まあ、アイツはかなり図太いからな。
遠慮ってものを逆に知らなさすぎるんだけど。
「カインの言ったとおり、ここでも楽しく過ごせるんだと思います。
嫌っているようには見えませんでしたし、私たちには心の広い人が必要なのでしょう」
すがるように、俺の腕にもたれかかる。
あれだけ殺意で満ちた目で見られていたのに、受け入れてくれたように見えたのか。
視線だけで実際はそうでもないのかもしれない。
「けれど、あなたはこの時代の人間じゃない。帰らないといけないんです。
未来の私たちがそうしたんですから」
自分に言い聞かせるように、強く続ける。
そこまでしないといけないものなのだろうか。
本当は寂しくて仕方がないはずなのに。
「トマト料理、覚悟しなくちゃいけないかな。これは」
「トマト?」
『泣かしたら、一週間は二人の嫌いな物でご飯作るかんね』
今朝、アベルがそう言っていたのを思い出す。
このルールが彼女にも適用されるのであれば、カインは乗り気になるはずだ。
食卓が地獄のような絵面になっているかもしれない。
「好き嫌いないように思われるんですけど、結構激しいんですよ。こう見えても」
「けど、お昼は食べてましたよね?」
「それくらい、あの人たちのご飯は美味しいからですよ。
普段は避けてます、できるだけ」
断れる場面は断り、通らなくていい道は通らない。
それが基本スタンスだ。
「だから、そんな怖い顔しないでください。
未来でまた、会いましょうよ。ね」
俺にとっては、この後すぐのことだ。
しかし、彼女は何十年と待たなくてはならない。
気の遠くなる時間を過ごすことはまちがいない。
「レイが何枚も写真に撮ってくれましたし、寂しくなったら、何度もみんなで話すんだと思います。そうやって、私はここで待ってますから。
どれだけかかるか、分かりませんけれど……きっと必ず、会いましょうね」
顔を上げて、ようやく笑顔を見せた。
ほっとした瞬間、花火が上がった。
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