17 未来人、演奏する
ランタンがいくつもぶら下がり、奇妙な雰囲気を出している。
街道を歩く人々は何かを食べながら、あるいは会話をしながら、流れを作っている。
祭り独特の熱気で空気が満たされていた。
出店で適当に買って、夕飯代わりにする。
テーブルで向かい合わせに座ったはいいものの、会話がまるで出てこない。
どこまで踏み込んでいいかも分からないし、話題も思いつかない。
黙々と食べて終わるな、これは。
「さっきの話、気にしないでくださいね」
「……本当のことなんです?」
こくんとうなずいた。
知りたくなかったなあ、そんなこと。
よくゴシップとかにならなかったな。
「こっちに来てから、初めて聞くことばかりですよ。
何度驚いたかも分からない……」
「それもそのはずです。
そちらの世界では、まず話すことのないことですから。
カインも話すつもりは一切ないはずです」
「ここに来ない限り、知ることもなかったと?」
再びうなずいた。ここのことは何も聞かされなかったしな。
ずっと黙っておくつもりだったのか。
「カインから、どこまで聞きましたか? 私たちのこと」
おずおずと俺の方を見る。
アイツ自身が縁を切っていたこと、不老不死の特性を持っていること以外、特に聞いていない。右も左もバケモノしかいないとは言っていたけど、そういうふうには見えなかった。
「それじゃあ、ほとんど何も聞いていないんですか?」
信じられないといったふうに、俺を見る。
「聞いてないです。俺が踏み込んでいいことでもないと思いましたし」
互いに食事の手が止まった。
「こんな気持ちの悪い場所、いつまでもいられるか。気がおかしくなりそうだって。そう言って、カインは出て行ってしまったんです」
いつまで経っても死なない自分や不老不死を受け入れている人たちに違和感を抱いたのか。正直、その感覚は分からないでもない。
死ななない生物なんてこの世界にいない。いつかはその順番が自分にも回ってくる。
どういった経緯で不老不死になったのかは分からないけど、確かに気持ちが悪い。
死ぬのは怖いけど、死なないのもそれはそれで違和感がある。
矛盾しているのに、不思議なもんだな。
「けど、戻ってきたんですよね。結局」
彼女は首を横に振った。
「舎弟の皆さんが戻ってきてほしいって、駄々こねたから?」
「そう考えると、根本的な部分は変わっていないと思いますよ」
アイツにはその違和感を受け入れる覚悟がなかったんだろうな。
バケモノである自分を受け入れることができなかった。
八つ当たり気味に叫ぶだけ叫んで、家を出て行く姿が容易に想像できた。
アイツの抱いている「気持ち悪さ」の原因は、もっと複雑なのだろう。
あの感じだと、その違和感は完全にぬぐい切れていないよな。
理解者でもいればいいんだろうけど、現環境だと難しいか。
ただ、こればかりはアイツの個人的な問題だ。
誰かに押し付けるものではない。
「エリーゼさんが気にすることじゃないと思いますよ。
どうせ、いつもみたいに腹いせに当たり散らしているだけですよ」
彼女は何も悪いことはしていない。これだけは確かに言える。
「そうですね。今に始まったことでもないですし」
同じような励ましを何度も受けているからか、反応は薄い。
どうしたもんかね、思っていた以上に空気が暗くなってしまった。
話を切り替えないといけないと思うものの、どうしたらいいものか。
周囲を見回すと、近くにうさ耳をつけたバイオリン弾きがいた。
足を止めてみる客も多く、前にある帽子の中に金銭が投げられていく。
街灯の下にケースが二つある。何かあった時のためのスペアだろうか。
「……ちょっと来てもらってもいいですか?」
「何かありましたか?」
「アレ借りられるかどうか、交渉してみます」
容器をごみ箱に捨てて、うさ耳の前で待った。
ついこの間の俺みたいだな。
そういえば、その時のことは夢で見ていていないのかな?
曲が終わると同時に、拍手が上がる。バイオリン弾きに話しかけた。
突然のことでかなり驚かれたし、喧嘩が始まりそうな空気になりかけた。
エリーゼさんも不安そうに見つめていた。
まあ、それでも、拒絶されることはなかった。
音楽やっている人同士、理解しあえる部分はあるらしい。
「すんません、それ弾かせてもらえませんか?」
「乱入者か? 別に構わないが、どのくらいできるんだ?」
「現在、近くの楽団で修行中の身でして……」
「ああ、あそこか。それなら、なおさら弾かせてやらなきゃな」
スぺアのバイオリンと一緒にうさ耳も渡された。
なるほど、これもついてくるのか。
「嫌なら帰るんだな」
「分かりましたよ、これで仲間ですね」
「そう。ウサギが二羽サギのようにはいかんだろうが、楽しく跳んでみせるのだよ」
「ウサギが空を飛ぶのは、ただの詐欺なんじゃないですか?」
「サギだけにってかね?
オッケー、飛べるところを見せてやろうじゃないか」
「上等ですとも」
うさ耳をつけたバイオリン弾きが二羽、頭を下げる。
こんな感じで交渉は成立した。
そう言って、即興の演奏会が始まった。
無理を言っているのは俺の方だから、向こうに合わせるしかない。
俺でも知っている曲を選んでくれているのは、最低限の気遣いか。
変なアレンジが入ったり、無茶ぶりを振られたりしたけど、あの家の人たちに比べれば可愛いもんだ。何がひどいって、あの人たちは人を振り回すことしか考えてないんだもんな。こんなひどい話もない。
だが、自分の得意分野でそう簡単に負けるつもりはないさ。
エリーゼさんは一番前、音もよく聞こえる場所で聞いていた。
暗い表情だったのが明るくなっているのが分かる。
重なる音は空気を揺らし、どこまでも飛んでいく。
曲が終わった途端、拍手の雨が降る。彼女の笑顔も輝いている。
「突然乱入してすみませんでした」
「いいよ、楽しかったし。また遊びに来な」
手を振って、その場を去る。
「あんなふうに弾くんですね。すごく楽しそうでした」
言わなかっただけで、ずっと聞きたかったんだろうな。
未来でその姿を見ているとは言っていても、夢と現実とじゃ話は違うだろうし。
ニコニコ笑うその姿を見られただけで十分だった。
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