16 未来人、起床する


うっかり眠ってしまっていた。

気がつけば陽が暮れており、外は暗くなっていた。

壁掛け時計は6時を回っている。


「おはようございます」


エリーゼさんが俺の顔を覗き込む。

先に起きて待たせてしまったか。


「すみません、俺、寝ちゃってたみたいで……」


「私こそすみませんでした。

途中から寝てしまってたみたいで、重くありませんでしたか?」


「いえ、全然そんなことなかったです」


気にもしていなかったな、そんなこと。

馴染みのある場所とはいえ、昼寝するってのはどうなんだろうな。

気が緩みすぎというか、警戒心がなさすぎるというか。


「そんなに焦らなくても大丈夫です。

まだ始まったばかりですし」


彼女は俺の手を取り、引っ張った。


「お祭り、楽しみましょうね」


そうだ、肝心要のターニングポイントがあったんだった。

この世界にいられるのも、残りあとわずかだ。


それがあることを分かっていながら、よく昼寝できたもんだ。

マヌケな自分にあきれてしまう。


「おう、よく寝れたか?」


慌てて部屋を出ると、カインがニヤニヤしながら広間で出迎えた。

昼寝していたのがすでに広まっている。

もしかして、俺が起きるまで待ってたのか?


「おかげさまで、どうにか」


「ほれ、お駄賃。後で請求するからな」


紙幣が数枚、茶封筒に入れて渡された。

しっかり楽しめる金額というか、お釣りが出るくらいだな。


「いいんですか、こんなにもらってしまって」


「あんま気にするなって。ほら、他の連中が騒ぐ前にさっさと帰れ」


俺たちを追い払うように手を振った。

彼なりの気遣いなのだろう。


「あ、起きたんだ」


幸か不幸か、エマが通りかかった。


「今日は散々振り回されて大変だったでしょ?

だから、少しくらいは休ませてあげようかなって思ってさ。

放っておいたんだ」


「何か申し訳ないです……」


「謝るくらいだったら、その分楽しんできたほうがいいって」


うわあ、対応がイケメンだ。

こんなこと言える人、なかなかいない。


「寝落ちするほどコイツを振り回してたのは、どこの誰なんだろうなあ?」


「アンタらでしょ。私は何もしてないもん。

後輩の面倒くらい、ちゃんと見なさいよ」


「ずいぶん簡単に言ってくれるじゃねえか」


「ていうか、みんなで行くんじゃないの?」


「こんな大所帯でゆっくり見て回れるか。

お前の場合は親衛隊がうるさいだろ」


ああ、また身内にしか分からない話が始まった。

地元民にファンがいるということか。

確かに美人は美人だけど、そこまで大騒ぎするほどのことなのだろうか。


エリーゼさんは俺を見て仕方なさそうに肩をすくめた。

よくあることなんですね、その反応を見る限りだと。


「いや、そんなの作った覚えがないし。

勝手についてきてるだけだし」


「それが面倒だって言ってるんだよ」


「それ言ったらリヴィオも大概でしょ。

本人もちゃんと言わないから、毎回騒がれてるしさ」


ん? 何かもう一人増えたんだけど?

ここの家の人たちって外出する度に、そんな大変なことになってたの?


向こうの世界だとそんな話は一切聞かなかった。

そもそも、昔話を聞いたことがない。

これは誰にも言えない話というより、言いたくない話に分類されている気がする。


まあ、闇に葬っておきたい事実は誰にだってあるよね。

これもある意味、俺が聞かなくていい話ではある。


その証拠に、エリーゼさんが気まずそうにそでを引っ張っている。

これ以上、このことを聞かせたくないらしい。


「そいつもそうだけど! 何で俺たちに被害が出るんだ?

何でお前らの人間関係まで知らなきゃならないんだ?

彼氏いるんですかとか、あの二人付き合ってるんですかとか!

毎回聞かれる身にもなってみろってんだよ!」


「そこまでひどいの? 今度、店にいたほうがいい?」


「てか、声明出せばいいだけの話だろ。

そこらへんハッキリさせとけよ、マジでさ」


おお、そこまでしないといけないレベルなのか。

俺が知らないだけで、本物のモデルか芸能人なのだろうか。


こういう時に十徳板が使えていれば、正体が分かるんだけどな。

未来人にこの時代は厳しいねえ。

俺たちは背中越しに聞こえる会話から、そっと抜け出した。




勝手知ったる他人の家というか、友達の家だ。

周囲にあるものは大体、把握しているつもりでいた。

正面玄関を出れば住宅が並び、数分も歩けば広場につく。


何かしらのイベントはいつもそこで開かれていた。

だから、記憶にある地図の通りに向かえばいいと思っていた。


それはあくまでも数十年後の世界の話だ。

過去の世界と建物の配置が違うのは当然のことであり、自宅の近所のことならエリーゼさんのほうが断然詳しい。


俺の時代にない物がたくさんあり、何もかもが目新しい。

数時間後に戻った時、消えている建物もいくつかあるはずだ。


「なんだか楽しそうですね?」


その言葉に棘が含まれていた。

あたりを見回している俺を見て、呆れてしまったようだ。


「めずらしい感じがして、つい……」


「数十年経っても、ここの風景はあまり変わりませんよ。

人は入れ替わっているかもしれませんが」


「そうなんですか?」


「このあたりは、そういう方向性で売り出しているみたいですよ」


おもしろくなさそうに俺の背中を押した。


「ほら、早く行きましょう」


あたりを見回す俺は、上京したての田舎者のように見えたのかもしれない。

元の世界に戻った時に、もう一度ここに来てみるか。

二度と見られない風景を目に焼き付けながら、歩いて行った。


さすがにきょろきょろしながら歩くような真似はできない。

しっかりと手を繋がれてしまったし、振り向いた時の視線が痛い。

あなたもこんな表情するんですね。

なんというか、その辺は学んでほしくなかった気もするけど。


向こうの世界で見たことがない物をまた見られたと思うと、悪くないな。

大人しく前を向いて歩くと、今度は人ごみが現れた。

広場ではなく、大通りのほうに出たようだ。


「この流れについて行けば、花火の見られる場所にも行けるんです。

けど、いろんなお店とかも出てたりしてて、毎年楽しいんですよ!」


お店を指さした。ようやく笑顔が戻った。

軍資金ももらったし、時間まで遊びまわるか。

最初で最後の夜が始まった。

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