12 未来人、踏み込まれる


「で、いつ帰すんだ? こいつ」


「今日の夜、花火大会が始まってからです」


「え? 今日中に帰っちゃうんですか?」


「馬鹿言え、そんな何日も拘束できるわけねーだろ」


一応、今日中に帰れることには帰れるのか。

それなら、元の世界に戻ってもあまり心配いらないか。


「てか、花火大会? そんなのあるんですか?」


「この時期になると、祭りの後に毎年やってるんだけどな。知らなかったのか?」


こっちの楽団でしごかれてばかりだったから、興味もわかなかった。

見て回れるかどうかも分からなかったし。

言われれば行くつもりではいたけど、話題にも出てなかったな。


「私、ずっと楽しみにしてたんですよ。

一緒に回りましょうね」


「後でお前に金を渡すから、それで一緒に行って来い。

元の世界に戻った後に返してくれればいいから」


金の貸し借りも時間を超えてしまうわけか。

いちいちダイナミックだ。というか、そんな何十年も覚えていられるのか?


「大丈夫だよ、メモに残しておくし」


「人がいなくて、花火もよく見られる場所も探してあるんですよ。

花火が始まったら、あなたは元の世界へ戻るんです」


少しさみしそうに笑う。

なるほど、いろいろ予定も立ててくれていたわけか。

そこまで徹底しているなら、問題ないだろう。

重い気分を引きずらずに帰れそうだ。


「本当に楽しみにしてたんですね、この日のこと」


「私のこれからを左右することですから」


左右されないように固定したんだもんな。

絶対に無駄にしたくないはずだ。


差し出されたケーキをつついたり、他に様々なことを話していた。

そのほとんどが愚痴みたいなものだったけど、聞いていて楽しいのはまちがいない。

ここの人たちは彼女を守ってくれていたんだな。


「お前もさあ、一回くらいはブチ切れてもいいと思うんだよな」


カインの言うとおり、俺が倉庫の片づけをすること自体、おかしな話なのだろう。

俺はその場の雰囲気に流されてしまったし、エリーゼさんは許してくれた。

気にしていなかったけど、言われてみれば確かにありえないか。


「いや、リヴィオさん相手にブチ切れるのはちょっと……」


「けど、嫌われてるわけじゃないと思いますよ。

あの二人の場合、本当にエリーゼさんを心配した上での行動なんですから。

カインだってアベルたちに何度も確認してたじゃないですか」


「考えてもみろよ、はるか先の未来って言ってたんだぞ? 

こっちはロマンスグレーのジジィを想定してたってのに、フタを開けたらとんだ若いのが来たってもんだ! しかも、こいつは俺のことを知ってる! 

それだけでムカつくだろが!」


俺を指さしながら熱弁する。アンタは何を想像してたんだ。

当の本人は膝上で眠っている。

ずっとテンション高かったみたいで、ついに充電が切れてしまったらしい。


「俺なんて全然何も思いつきませんでしたよ。

未来人なんて、それこそ映画みたいですし」


「どうやって俺を召喚したんです?」


「企業秘密」


「そちらの世界にはない技術、としか言いようがないというか……」


エリーゼさんにも聞いてみた質問だが、ますます分からなくなってきた。

ていうか、カインに至っては説明する気もないんだろうな。


「そうだな、魔法を使ったってことにしておいてくれ。何せ便利な単語だからな。

どんなこともたったこの一言で解決できちまう」


投げやりとしか言いようがない、この皮肉っぽい答えも聞いて安心する。

説明したくないのであれば深入りする必要もない。


「それじゃ、俺は夕飯仕込んできますね」


リュウが途中で部屋を出て、三人が取り残される。

笑顔を浮かべていたカインの表情が一瞬にして、無表情になる。


「この時代にいるはずのないお前がいる。

その矛盾を解消するために、数年後のエリーゼがお前を飛ばす仕組みを作るのは悪くない考えだとは思うんだけどさ」


「些細なことで道は横にずれる。

その道の先は俺たちの知っている道になるとは限らない……んでしたっけ?」


俺が変に動いてしまうと、道がそれてしまう。

俺の知っている歴史にはならないかもしれない。

もしかしたら、元の世界に帰れなくなってしまうかもしれない。


しかし、彼女は俺がちゃんと帰れるように準備をした上で呼んだ。

道は確保されているし、矛盾点はほとんど問題ないように思う。


「要はエリーゼが見た悪夢を実現させないために、お前は呼ばれたわけだ」


「で、アンタは何が気に入らないんです?」


「お前はさっき、何で俺が老けないのかって疑問に思ってたよな?

不思議に思わないのか? こいつの家族の姿がまるで見えないこととかさ。

共通点のないあの連中に自分の子どもを預けていることとか。

もちろん、俺を含めての話だよ。どう考えてもおかしいことだらけだろが」


何が気に入らないんだ、本当に。

確かに思ったことには思ったけど、俺が踏み込んでいい話でもないはずだ。

聞いてほしいわけでもないだろうから、ずっと黙っていた。


「だから、何でその違和感を口にしないんだよ。

遠慮する必要なんてないんだぞ」


「……聞いたら、答えてくれるんですか?」


「一応、言っておくぜ。俺はここの家とは縁を切ってたんだ。

それこそ、二度と戻らないつもりでいたんだ。

俺が戻ったのは、うちの連中がどうしてもって駄々こねたからだ」


そんな裏事情は初めて聞いた。

それをここで話したってことは、何が何でも俺に聞かせたいからか。


「じゃあ、ひとつだけ聞かせて下さい」


「一つと言わず、いくらでもいいよ」


「俺がそれを聞いたところで、何になるんですか?」


俺たちの間に沈黙が降りた。

無言ということは、聞かなくてもいいということなのだろうか。


「それじゃ、この話は終わりです」


無理やり打ち切った。


「自分で言ってましたよね、俺たちはそういう種族だって。

なら、それ以上追及するつもりもありません」


逆ギレしながら開き直ったのに、何を言っているのだろうか。

そういうものだと受け入れろと言っていたのは誰だったか。

自分の言ったことくらい、忘れて欲しくないもんだ。


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