10 未来人、踏み込んでみる


俺の存在そのものが未来の証明になる。

そう思うと、少しだけ鳥肌が立った。


「それが、俺を呼んだ理由ですか?」


確かめるように、彼女の顔を覗き込んだ。


「本当にごめんなさい。私のわがままに巻き込んでしまって」


「わがまま?」


「そうです。私は自分勝手な理由で貴方をここに呼んだんです」


予知はあくまでも予知だ。夢で見てもその未来が確定されたわけじゃない。

確かに個人的な都合だし、自己中心的ともいえる。

それに協力したここの人たちも共犯者だ。


ていうか、何人がかりでやってんだよ。マジで。

俺が本を取ろうとして脚立から落ちるところまで仕組んでいたんだ。

いくら何でもピンポイントすぎる。


どう言葉をかければいいのか、分からない。

ツッコミどころが多すぎて困ってしまう。


俺から視線を逸らしたり、時折つっかえたりするのを見るあたり、かなり辛いことであることに違いない。何をどうしたら、こんな夢を見ることになるんだろう。

彼女が何をしたって言うんだろう。


仮に前世でひどいことをしていたとしても、理不尽すぎやしないか。

確かに彼女の話はぶっ飛んでいたし、俺の思っている以上に壮大な話だった。


けれど、理屈は通っている。嘘をつくとも思えない。

彼女を信じる以外、どうしろというのだろうか。


「怒られても仕方がありませんよね。何もかもが私の勝手なんですから。

下手をすれば、これから先の未来を変えることにもなりかねません」


彼女の言っていることはまちがっていない。

自分のしたことがどれほど悪いことなのかも、ちゃんと理解できている。

それだけで十分じゃないか。


「それでも、怖かったんでしょう?」


彼女の頭を優しく撫でる。


「俺は全然怒ってませんよ。

誰だってそんな夢を見たら、逃れる方法を考えると思います」


未来を変えるために、多少の強硬手段に出ても構わない。

何が何でも抗って、いい方向へ向かわせたい。

最悪の結末を黙って迎えるより、ずっとマシなはずだ。


その決意は何にも代えられない。

このにいる人たちも、それに応えてくれた。


「俺がここに来ることで、正夢にならないんでしょ?

それならそれで、別に構いませんよ」


まあ、事前に説明してくれてもよかったとは思うけど、それはそれで展開が狂っていたかもしれない。話は今以上にややこしくなっていたと思うし。

そう考えると、いきなりこちらに飛ばすのが一番いい方法だったのだろう。


「本当に優しいのですね、あなたは」


顔を上げて、笑顔を見せた。

正直、俺の場合は優しさとはまた違うと思う。

同情してしまったというか、白黒はっきりつけられないというか。

事情を聞いて、何も言えなくなってしまったのだ。


一個人が時間を超えるなんて、それこそ何かしらの理由があると思うだろ。

世界の破滅の危機から救うためだとかさ。

未来人の話を聞いて、今後の政策に役立てるとかさ。


ある意味、成功してるには成功してるんだろう。

けど、幼い子どもが見た夢のためにここまでやるのかよ。

一瞬そう思ったけど、何が何でもやるんだろうな。ここの人たちは。

持てる力のすべてを注いで、現実にならないようにするんだろうな。


本当に大事にされてるんだな。

よかった、ひとりぼっちじゃないんだ。


「それで、どうやって俺をここに連れてきたんです?」


「秘密です。

ただ、私一人だけではどうにもできなかったのは確かなんです」


そこまではさすがに話せないか。

AIより先にタイムスリップする方法を見つけたなんて言われたら、世間は大パニックになる。エンジニアである純あたりはブチ切れてそうだ。

この状況を知ってるカインは始終黙ってるんだろうし。


ギスギスしてる雰囲気が想像できてしまう。

どうしよう、急に元の世界が心配になって来た。


「貴方のことは、カインがちゃんと説明してくれていると思います。

心配しなくても大丈夫ですよ。私たちを信じて待っているはずですから」


「だといいんですけどね」


俺は苦笑を浮かべる。今はこの言葉を信じるしかないか。

不安も吹っ切れたようで、スッキリとした表情をしている。


「そうだ、今度は二人で一緒に撮りませんか。

レイの持っているカメラより、小さい物を持っているんですよね?」


俺の膝の上に座った。スマホのことも知っているのか。予知夢すげえな。

ポケットから取り出し、電源を入れる。

日付は一月一日だし、時間もずれまくっている。

当然、電話もできない。本当にただの十徳板だ。


「こんなの見ても、おもしろくないと思うんですけど……」


インターネットがあるからこそ、このデバイスは輝くと思うんだけどな。

ネットがなくとも、彼女にとっては十分すぎるのだろうけど。

指で触っているだけでおもしろいらしく、同じ画面を行ったり来たりしている。


この時代で使える機能といえば、電卓、懐中電灯、ストップウォッチ、アラーム、コンパス、カメラ、アルバム、メモ帳。後は音楽制作ソフト。

音楽の再生もできるけど、子ども向けの曲は一切入っていない。


大半はまともに使わないものばかりだけど、便利になったもんだ。

メーガンみたいな人間とほぼ変わらないロボットだって実現するんだもんな。


「本当に触るだけでいろいろとできるんですね。

レイが見たらなんて言うでしょうか」


正直な話、充電切れになるまで遊ばれて終わると思います。

本気になったエマは写真に収めてみたいけど、あの人たちのことだ。

変な写真を撮りまくって遊ぶんだろうなあ。


リヴィオさんの髪から花が咲き、変な取引が始まるのが目に見えてしまう。

この写真を頼りに未来で会えたら、何か高価なものを買ってくれるとか。


「そういえば、彼らは何者なんですか?」


ツッコんでいいのかどうか分からないけど、ちょうどいいタイミングだ。

少し踏み込んでみる。


「私の大切な人たちです。

貴方の時代には、ここから離れてしまっていて私と会うことはないんです。

けど、それぞれ好きな場所で自由に過ごしているんだと思います。

向こうで会ったら、よろしく伝えておいてくださいね」


夢だけだと彼らの行き先までは分からなかったか。

ここを離れるのを受け入れているみたいだし、俺が文句を言うことはできない。

本当に運に任せるしかないんだろうな。


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