9 未来人、解説される


撮影も一通り終わり、昼食の時間となった。

それでも、この世界にいるカインは現れなかった。


アベルとあやめは一足先に一緒に食事をしていたというのに。

俺の思い浮かべている人物とここにいるカインは同一人物らしい。


食事中も冗談を言い合って、からかいあう。

その様子を楽しそうにエリーゼは眺めていた。


なるほど、これがいつもの光景だったのか。

向こうの世界と比べると、だいぶにぎやかだ。


俺が手に取るアルバム作るときまで、レイ達はここに残っているらしい。

それまでに何人、人が減るんだろう。倉庫の荷物もどれだけ減るんだろう。


この光景はいつまで見られるんだろう。

そう思うと、すこし寂しい気もする。


「私の部屋に来てほしいんですけど、いいですか?」


隣に座っていたエリーゼさんが服の裾をひっぱる。

それぞれ食事に夢中だったり、会話していたり、楽しそうに過ごしている。

俺もあらかた食べ終え、少し暇だったところだ。


「ごちそうさまでした」


軽く挨拶をして、二人で食堂を抜けた。

連れて行かれた先は子ども部屋だった。


間取りは同じでも、内装は俺の世界と全然違う。

おもちゃが転がり、絵本が並んでいる。

文房具にカバン、家具も一回り小さい。


一応、年相応の扱いは受けているらしい。

まあ、あれだけしっかりした人たちがいるんだ。

かなりうるさい方というか、恵まれてはいるんだろうな。


それにしても、彼女の両親はどこにいるのだろう。

この場にいないなら、それこそ写真の一枚くらい飾っておきそうなものだ。

それ以外にも、家族を思わせるようなものがこの部屋にない。


実は孤児か何かで、あの人たちが面倒を見るように言われているとか?

俺なんかが踏み込んでいいのかな、この話。


適当にクッションの上に座って部屋を眺めていた。

彼女は膝立ちで俺の前に近寄り、両手で顔を包む。


「何もかもが夢で見た通りです」


「夢?」


「こうして、ここでお話できて本当に嬉しいです。

どれだけ待ち焦がれていたことか……」


額を合わせて、目を細めて笑った。


「どこまで知っているんですか。俺の世界のこと」


「こことは違って、本当にはるか未来の世界なんですよね。

私はおばあちゃんになっていて、カインがずっと支えてくれていました。

それと、手助けしてくれるニコとロボットのメーガン。

技術者のジュンに、イツキとミツキ。

そして、あなたがやって来て、本当に楽しい余生を送っているんですよね」


何もまちがっていない。すべてを言い当てているのが怖いくらいだ。

彼女が未来を知っているのは確かなんだ。


ただ、幼い少女がこんなことを知ってしまっていいのだろうか。

これから先の楽しい未来にわくわくするような年齢のはずだろうが。

はるか先の未来を知って何になるというのだろうか。


「これ以上のことは、何も分からないんです。

けれど、私はあなたにいくつか説明しないといけませんよね」


顔から手を放し、筆記用具を取ってきた。

向かい合わせに座って、紙に一本の線をまっすぐ引いた。


「ここに前にしか進めず、後ろに戻れない道がここにあるとしますよね」


いつもの時間がやって来た。

樹季と光希の二人に勉強を教えるとき、必ず彼女はそうやっていた。

まずは紙とペンで自分から書いて、整理していく。


「それで、この道で何らかの事故があり、前に進めなくなったとします。

さて、どうすればいいでしょう?」


「別の道を進みます。あればの話ですけれど」


俺も鉛筆を手にとって、横にそれた道をつけ足した。


「前に進めないから、別の道を探すしかありません。

しかし、その道を進んだとしても、たどり着く場所が同じとは限りません。

全く違う場所にたどり着くこともありえるんです」


俺が書いた横道をまっすぐ伸ばし、その先にバツ印をつける。

さらに何本か横道を足して、枝分かれさせていく。

大きな木をさかさまに描いている様な、不思議な気分になる。


「ここで重要なのは、道を引き返せないということです。

戻れないということは、進んできた道もそのまま残ります。

もちろん、誰かが手を加えることもできない。

途中で道が途絶えたとしても、どうすることもできないんです」


彼女はペンを置いた。


「この事故だって、ほんの小さなきっかけでいくつも起こり、その数だけ道は分岐していく。それが何度も繰り返されたものが、時間と空間なのです。

縦に進むと同時に横にも無限に広がっていく。何がきっかけで道がそれるのかも、その先に何があるのかも、誰も知らないはずなんです」


今まで聞いた過去と未来の説明で一番分かりやすい。

彼女の話を踏まえると、元の道に戻ってきた俺がおかしいということになる。

正確に言えば、戻されたといったほうがいいのだろうか。


そう指摘すると、彼女は深く頷いた。


「私はその先にあるいくつもの道を夢で見たんです」


ここ最近、彼女は予知夢を何度も見ているらしい。

確か、まだ体験していないことを夢で見て、現実となってしまう夢だったか。

知るはずのない未来を夢で見て、実際に起こってしまう。


彼女は訪れるかもしれない未来をいくつか見ていたらしい。

楽しい仲間と余生を過ごす夢もそのひとつだ。


それ以外にも、様々な内容を見ていた。


この場所にたったひとり残されて死ぬ未来もあった。

この場所が戦渦に巻き込まれ、すべてが失われる未来もあった。

内容は覚えていなくとも、涙を流しながら目を覚ますこともあった。


正夢でないことが唯一の救いなのかもしれない。


それでも、悪夢のような未来は幼い彼女のハートに影を落とした。

どうにか回避して、みんなと楽しく過ごしたい。


その思いはここにいる人たちも同じだったらしい。


だから、最悪の結末を避けるために、俺を召喚した。

俺が未来に戻ることで、この世界は平和な未来へたどり着く。


その作業を数年後の彼女がレイ達と行うのも夢で見ていた。

悪夢を見てから、何年経ったんだろうな。

カインとたった二人だけ残されるまで、どのくらいだろうか。


気が遠くなりそうな時間を過ごしてきた。

何人も見送って、倉庫を片付けた。


俺が手を加えてしまったところもあるけど、あれだけスッキリしてたんだ。

何十年とかかったに違いない。



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