7 未来人、邂逅
倉庫を後にし、俺は食堂へ案内された。
結局、楽器演奏は保留になった。
カビが生えたケースを見つけてしまい、二人が絶句していたからだ。
彼らは何の合図もせずに、無言で楽器を片付け始めた。
俺も手伝い、玄関付近に全て運び出された。
まさか、この片付けのせいで楽器類がなくなってしまったのではないだろうか。
気づいた頃には、他のごみと一緒にまとめられていた。もう助けられない。
「ほら、まだピアノは生きてるし、あまり気を落とさないで」
リヴィオさんはそう励ましてくれた。
まだ演奏するとは一言も言っていないにも関わらずだ。
「ウチにも趣味でピアノを弾いてる奴は何人かいてな。
お前がやれば、乗ってくれるかもしれない」
そういえば、うちのヤンキーコックは隠れてピアノを弾いていたんだった。
まだ顔を見ていないけど、本当にこの時代にいるのだろうか。
だとしたら、何年生きていることになるんだろう。
何をどうしたら、俺と同年代の見た目でいられるんだろう。
先ほどから謎しか増えていない気がする。謎が謎を呼んでどうするんだよ。
ギミックでも何でもいいから、解決に導くための何かが欲しいところだ。
一息ついたところで、何かに背後から抱き着かれた。
腰に衝撃が走り、バランスを崩しかける。
「よかった! 無事に来られたんですね!」
首だけで振り返ると、白いワンピースに同じような色のリボンで髪をまとめている少女がいた。白に近い金髪と青い目はどこか見覚えがあった。
歓迎したいのはやまやまだが、どうすればいいのだろう。
両隣の視線が先ほどの比ではない。目を合わせただけで殺されそうだ。
『うちの娘に手ぇ出したらどうなるか、分かってんだろうな?』
無言の圧力がとてつもなく怖い。
背後に彼女がいる以上、俺はどうすることもできない。
とりあえず、両手でも上げておくか。全世界共通の降参を示すポーズだ。
「ほら、私です! エリーゼです! ずっと待ってたんですよ!」
無言でじっと見つめている俺にしびれを切らしたらしい。
とうとう自分から名乗ってくれた。
それは非常に嬉しいんだけど、隣にいる二人を何とかしてください。
そこをどうにかしてくれないと、リアクションひとつ取れやしない。
「あ、こんなところにいた。何してんの?」
遅れてエマがやって来た。よかった、救世主が到着した。
さすがにこの視線は耐えきれなかったところだ。
「倉庫の片づけ」
「中止になったんじゃなかったの?」
リヴィオさんが無言でケースを指さした。
何かを察したのか、エマもため息をついた。
「ごめんね、さっきから変なことに付き合わせちゃって」
「いえ、俺は全然気にしていませんから」
「なんかこう、もうちょっとカッコつけたかったんだけどなあ……」
「こっちは一昨日聞いたばかりなんだし、どう頑張っても無理でしょ」
「開き直るんじゃない。アンタらの器が小さいのが原因なんでしょうが。
もしかして、ずっとそんな感じでにらんでたの?」
「まさか、最初だけだよ」
「少し試してやっただけだ」
二人してしらばっくれやがった。子どもみたいな質問したり、人を殺すような視線をぶつけたり、好き勝手にしてたくせに。
初対面の人間にする態度じゃないだろ、どう考えても。
「だから嫌だったのよ、アンタらに会わせるの。
すぐ過保護になるんだから」
「突然言われても、信じられるわけがないだろう?」
「逆に聞くけど、エリーゼが私たちに嘘ついたことある?」
正論を叩きこまれ、ついに黙った。視線も大人しくなった。
どうやら、彼女の話を最初から信じていたのはエマと舎弟たちだけだったらしい。
なんてこった。こんな可愛い少女の言うことを信じられない大人がいるだなんて。
その少女も俺から離れる気配がないし、困ったもんだ。
「あーもー……嫌になっちゃう。
こんなヤクザ共に付き合わされて、大変だったでしょ?」
「いえ、おもしろい人たちですね。本当に」
大変は大変だったが、二人のおかげで助かった部分もある。
あまり文句も言えないんだよな。
「未来のアンタも全然説明しないから、お互いに混乱してたのよ?」
「正直、そんな気はしていました。
ごめんなさい、迷惑をおかけしました」
エリーゼは俺から手を放して、謝った。
ようやくお互いに向き合えた。
こうして見ると、にまにまと嬉しそうに笑う姿に面影を感じる。
「改めまして、私は過去のエリーゼ・ラプラス。
よろしくお願いしますね」
頭をぺこりと下げた。
こんな柄の悪い大人たちに囲まれてんのに、よく影響を受けなかったな。
いや、多様性があるからこそ、あんな穏やかな性格になったのだろうか。
「いろいろと疑問があると思いますけれど、あとでお話してもいいですか?
ここだと、ゆっくり話せそうにもないので」
「完全に邪魔しちゃいそうだしね。
とりあえず、お昼にしましょうか」
エリーゼさんの小さな手に握られ、食堂へ向かう。
ようやく実感が湧いた。本当に過去に来たんだ。
背後からの視線もうるさいけど、もう気にしないことにした。
食堂の扉を開けた瞬間、シャッターを切る音が聞こえた。
カメラを構えたレイがいた。
「何か記念になることがしたいと思って、いろいろ準備してたの。
貴方が取ろうとしたあの本に入れておくから、向こうのエリーゼと一緒に見てね」
「ずいぶんと斬新な写真の送り方ね。そんなこと、やっていいの?」
「ここにいる人たちはみんな知ってるんだし、別に大丈夫だと思うわ。
それに、あのアルバムもキリサキ君が帰ってから作る予定だしね」
まさか、ここで撮った写真まで時代を超えさせるつもりなのか。
何から何までやることが人間を超えている。
何者なんだろうな、この人たちは。
「キリサキ君に会いたくても、私たちはこの日以外に会えないみたいだし。
どうせなら、思い出とか作りたいじゃない?
ほら、怖い顔しないで。笑いなさいよ」
後ろにいる二人にもシャッターを切った。
にらみを利かせていたからか、表情も硬くなっている。
「食事中もカメラ回しておくから、覚悟しておいてね」
レイは片目をぱちりと閉じた。
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