5 現代、大パニック


長い夏休みも終わりかけ、いよいよ学校も始まるころだった。

夏の暑さは十分に残ってはいたものの、陽はどんどん短くなっている。


その日はみんなが揃っているということで、部屋の片づけを任された。

樹季はキリサキとカインと一緒にガラクタ部屋を掃除することになった。

ガラクタと言っても適当に物が置いてあるだけの場所だ。


エリーゼ曰く、昔はもっと人がいてそれだけ物があったというのだ。

住民たちはエリーゼに思い出の品を託して、どこかへ旅立った。


楽しそうに話していたけれど、少しだけ寂しそうでもあった。

その人たちとどれだけ長い時間を過ごしたのかは分からない。

ただ、彼らとは思い出以上の絆があるのは確かだった。


ガラクタ部屋の一番上の棚に、一冊だけアルバムが残されていた。

それから先に片付けようと思い、キリサキが脚立に乗った。


そして、バランスを崩して本が落ちた。


ずっと見ていたはずなのに、彼は煙のように姿を消してしまった。

倉庫中を探してもいなかったから、一緒に作業をしていたカインに飛びついた。

自分でもよく分からない説明を落ち着いて聞いてくれた。


「大丈夫、お前のせいじゃない」


二人が騒いでいるのを聞いて、純も部屋から出て来た。

最初こそ、疑わし気に話を聞いていたが、納得してくれたらしい。


「本当にどこにもいないんだな?」


「そう! 俺、全部見てた!」


「だとしたら、どうなってるんだ?

そんなことしてる暇はなかったと思うけど」


「だから、そんな心配しなくてもすぐに帰ってくるって」


そうは言っても、本当に何も残らずに消えてしまった。

簡単に信じられるはずもない。


「カイン」


「なんだよ」


「確かにアイツは何考えてるかよく分からないし、びっくり箱から飛び出てきたような奴さ。けど、人に迷惑かけてまでそんなことするような奴じゃないと思うんだ」


そうだ、誰かを悲しませるようなことは考えないはずだ。

いつも楽しいことばかりで満たされている様な奴に、そんな怖いものが入れるスキマなんてどこにもない。


「樹季の言うとおり、本当に何かあったんじゃないのか?」


「分かったよ、一旦エリーゼの部屋まで来てくれないか。

そこで全部話す」


そう言って、全員が部屋に集まった。

嘘みたいなできごとだったけど、みんな信じてくれた。


「そんなにらむな。アイツはちゃんと帰ってくるって」


「だから、その根拠は何なんだよ」


「エリーゼが言ってただろ、『幼い頃の私が迷惑かけるかもしれない』って」


それもよく分からなかったんだよな。

どういうことだろうと思いながら、聞き流していた。

キリサキは納得していたみたいだったから、それでいいと思っていた。


「一回落ち着け。

そんな怖い表情されたら、話しづらいだろうが」


「ねえ、マスター。話だけでも聞いてみませんか?

何か事情を知っているみたいですし」


メーガンに諭されると、腹立たし気に大きくため息をついた。


「エリーゼ、後は頼んだ」


「そうね。樹季、倉庫にあったアルバムを持ってきてくれないかしら。

それが一番の証拠になるわ」


ひとつうなずいて、部屋を出て行った。


「ねえ、さっきから何の話をしてるの?

なんか怖いんだけど……」


「大丈夫よ。少し不思議な話になるかもしれないけれどね」


置いてけぼりを食らい、混乱している光希の反応が正常なのだろう。

少し不思議な話どころの騒ぎではない。

キリサキが行方不明になっているというのに、どうしてこんなに余裕がある。


「ニコ、お前は何か知らないのか?」


「事情だけは聞いています。

ただ、私が来る前の話ですから」


「純、コイツは関係ないよ。

むしろ、聞いてくれただけありがたいもんだよ」


「いいえ。そんなことありません。

私にはそうすることしかできませんでしたから」


何故だろう、言葉にできない不気味さがある。

何かとんでもないことが起きているのではないんだろうか。


「これを取ってもらおうと思ったんだ」


アルバムの表紙はシミだらけですっかり色あせている。

モノクロ写真は、ばらばらと適当に重なっている。


色の薄いくせ毛の男と一緒に眠る少女が写っている。

どこかで見たことのある奴だ。


「これ、キリサキか?」


「そうよ。手前にいる子は幼い頃の私。

レイったら、こんなところまで撮っていたのね」


仕方がなさそうに笑っている。

本当に何のことを話しているのだろう。


「ええっと、この写真の中に入っちゃったってこと?」


光希がそう言うと、緩やかに首を振った。


「ずっと昔にね、彼と1日だけ遊んでもらったことがあるの」


「つまり、どういう意味でしょう?」


さすがにメーガンも理解できないようで、笑顔のまま固まっている。


「彼を過去の世界に飛ばしたの」


幼い頃、夢を見た。

キリサキという青年がはるか先の未来からやって来て、一緒に遊ぶ夢だ。

この屋敷にいた住民たちにからかわれながら、楽しく食事をする夢だ。


数日後、彼は本当に未来から飛んできた。

その事情を説明しても、彼はあまり動じていなかった。


夢で見たとおり、楽しいことなら絶対に見逃さない人だった。

夜に開かれる祭りを一緒に行って、彼は帰って行った。


「要するに、アイツがタイムワープした……ってことでいいのか?

んで、今日の夜に帰ってくる、と」


「そういうことだ。

そんなバカみたいなこと、起きてたまるかって言いたいんだろ?」


「その通りさ。この写真だと、もう50年以上も前の話なんだろ?

ロボットより先にタイムマシンができた話なんて聞いたことがない」


「だろうな。話せるわけがないし」


けろりと言いのけるのも腹が立つ。ここでイライラしていても仕方がない。

今は話を進めて、真相を探る。


「レイたちに言われたの。

そんなに何人も連れてきたら、未来が変わるかもしれないって」


特に純は技術者だから、過去に連れてこられるはずもない。

それはメーガンも同じだ。

彼女を動かすシステムは、その時代にはない技術だ。


「だから、一番印象が強かったキリサキにしたんでしょうね」


その数年後、住民たちと相談したらしい。

この夢を叶えるにはどうしたらいいのか。

彼を過去に飛ばすには、どうすればいいのか。


時空を超える方法を探し始めた。


「……カイン、知ってたんだな? こうなるの」


純は鋭い目線で彼を見た。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る