4 未来人、パンクしかける


二人に案内された倉庫は、俺が片付けていた場所とは思えなかった。

段ボールは何段にも積まれ、見たこともない品々が俺を出迎えてくれた。

上段にも様々な荷物が積まれ、俺が手に取ろうとした本がどれかも分からない。


「バイオリン、アコーディオン、変わったものだとパンデイロとかあるけど。

ただ、ずいぶんほったらかしにしてるからな……使い物にならなかったらゴメン」


リヴィオさんは楽器を探しに奥の方へ向かう。

品揃え豊富な電気屋かよ。しかも俺が演奏すること前提ですか。

木製の棚にも本や小物がぎっしり収納され、何が何だか本当に分からない。


「ずいぶんとごちゃついてますね」


俺のいた部屋とは思えないほど、物であふれかえっている。

時代が違うとはいえ、ここまで変わるものなのか?


「前の住民が残していったものがほとんどだからな。

ガラクタばかりでもそう簡単には捨てられないのだよ」


いつのまにか、ルーイさんは分厚い本を手にしていた。

よく見ると切手が挟まっており、綺麗に並べられていた。


「……こういうの見始めると止まらなくなりますよね」


「だろう? それでこの前は大げんかになり、倉庫の片づけは無期限休止となった」


その様子も想像できてしまう。

それぞれが思い出の物だと主張し始め、片づけが一向に始まらない。


「ちょっと、そこのお兄さん。思い出に浸るのやめてくれませんかね」


こうして、まとめ役の人に怒られるわけだ。

ルーイさんは大人しく切手帳を閉じた。


「お前も人のことは言えないだろう。倉庫の五分の一はお前の私物だぞ」


「まあ、そりゃそうなんだけど……」


リヴィオさんは気まずそうに目をそらした。


前の住民か。人間も随時入れ替わってるということか?

エリーゼさんの親がこの建物を民宿か何かの代わりとして提供していたのか?

素性も分からない大人たちに囲まれて、エリーゼさんは育ったとでもいうのか?


ダメだな、考えれば考えるほど謎が増えていく。


「その様子だと、お前の世界の倉庫はだいぶスッキリしているようだな」


「まあ、楽器類はピアノ以外なかったですね。その切手の本も初めて見ましたし。

ていうか、人もかなり少ないです」


「そうか、なるほどな」


つまらなさそうに一言、そう返しただけだった。

思い出が捨てられるのが分かったのか、不満そうに見えた。


住人が減るたびに掃除をして、片付けたのだろうか。


「それで、お前が落としかけた本はどれなんだ?」


「分かりません」


「だろうね。こんだけ物があったら、探そうにも探せないよ。

どこにあったか分かる?」


上段を埋める荷物の間に、あの本が一冊だけこれ見よがしに置かれていた。

他を片付ける前に、あれだけ先に取ろうと思ったんだっけ。


脚立を動かし、その上に乗る。

腕を伸ばしてどうにか物が取れる高さだ。

今は物が天井まで詰め込まれていて、どれも引き出せそうにない。


「で、バランスを崩して落ちた瞬間、この世界に来たと。

こりゃ、アリスもびっくりだね」


軽く笑いながらリヴィオさんと交代する。

俺とは違い、そのまま物を探し始めた。

段ボールを開けて、軽々と中身を取り出してく。


「どんな本だったの?」


「結構分厚くて、紙束が挟まってました」


あの紙束も結局何だったんだろう。

あまり大きい物ではないようだったから、写真か何かだったのだろうか。


「そういう本は全部下に置いてあるはずなんだけど……。

ああ、そっちの世界と置き場が変わってる可能性があるのか」


作業の手が止まった。倉庫の様子も全然違うし、そこにあるとも限らない。


「その本、本日以降に作られたんじゃないか?」


隣で眺めていたルーイさんがぽつりと呟いた。


「どういう意味です?」


「だとしたら、今探したところで無意味だろうな」


「待って、ちゃんと説明して」


リヴィオさんが脚立から慌てて降りる。


「いつになるかは分からないが、キリサキが取ると思われる本をエリーゼが作るんだと思う」


「その本で時空を超えるように設定し、見せつけるように置いた。

さすがはルーイさんね。

これだから、勘のいいメガネは嫌いだわ~」


後ろからひょっこりとポニーテールの女性が現れた。

いつのまにこの部屋に来ていたんだろう。


「さすがも何も、お前らの専門分野だろう」


「もー、その手の話は禁物なのに」


彼女はひじで小突いた。

ルーイさんと同じくらいの身長、ポニーテルにまとめ、こちらもそれなりにラフな格好をしている。


「アベルちゃんから二人の殺意がヤバいことになってるって聞いたんだけど……どうにか和解できたようね」


二人は顔を見合わせ、首をかしげた。


「和解なんてしたっけ?」


「さあ、どうだったかな?」


「……それで、あなたがキリサキ君ね。

私はレイチェル。レイって呼んでね」


見た感じは俺と同い年くらいか。

それにしても、この家は本当に人が多いな。

マジで何に使ってるんだ?


というか、完全に許されたわけではなかったのか。

二人に認められるにはどのくらいかかるんだろう。


「正直、細かいことはエリーゼから聞いたほうが早いと思う。

私にもよく分からなくって、力になれそうにないのよ。ごめんなさいね」


レイ曰く、俺が取ろうとしたあの本は、この世界には存在していない。


数年先のエリーゼさんがあの本を使い、俺がここに来るよう細工をしかけた。

一昨日見たという予知夢を実現させるために、レイたちを巻き込んだ。

それが発動するのを数十年間、彼女はずっと待っていた。


鶏が先か、卵が先か。そんな感じの話だろうか。

どうしよう、話に全然ついていけない。

レイはさらっと言ってるけど、かなり壮大な話になってないか。


一体どうなってんだよ。

この時代、二足歩行ロボットがあるかどうかさえ怪しいんじゃないのか?

しかも、個人的な事情で一方通行のタイムマシンが作れたってのか?


ワケが分からないんだけど。


「まあ、難しい話はご飯の後にしましょう。

いい加減にしないと、キリサキ君が悲鳴上げそう」


「いいんですか?」


「もちろん。みんな楽しみにしてたのよ」


「まあ、ひと夏の思い出にはいいんじゃない?」


「ひと夏とかそんなレベルじゃないですって……」


俺はどれだけの季節を越えて、この世界に来たんだろう。

頭の片隅に痛みを感じていた。


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