3 未来人、試される


「はえ、70歳?」


不思議そうに首をかしげた。

まあ、友達としては、考えられない組み合わせだよな。はるか先の未来から来たとエリーゼは伝えていたらしいけど、どこまで伝わってるんだろう。


「一番近いのは……ルーイ、でしょうか?

見事に外れてしまいましたね」


「ええー、あのメガネに支払わないといけないのー?

こういうときばっか徒党組むから嫌なんだよねえ」


二人して机に突っ伏した。

支払い云々って、本当にただのギャンブルじゃねえか。

そこまで遊ばれるような話なのかな、これって。


「人の話を聞かない君らが悪い」


「そういうことだな」


真後ろに金髪とメガネの二人組が立っていた。

さっき言っていたメガネがこのルーイさんか。

ビジネスマンのような硬い印象を受ける。


正直、メガネ越しの鋭い視線が怖い。


もう一人は腰まで伸びた金髪をゆるくまとめ、サソリの尻尾のように見える。

背もかなり高いし、顔も整ってるからかっこいいことには違いない。

しかし、この人も目が笑っていない。


「初めまして、キリサキ。エリーゼから話は聞いてるよ。

私はリヴィオ・アメリア。こっちのメガネがルーイ・ヘイズ」


聞く前にサソリさんから名乗ってくれた。

エマとは違う華やかなオーラを感じる。

芸能人というよりも大手企業のやり手社員に近い。


笑顔を浮かべていても、二人の刺すような視線がひたすらに痛い。


「キリサキさん、頑張ってくださいね。

決して、決して! 悪い人たちではないので!」


あやめは俺の手を握った。

待って、何を頑張ればいいの?

隠し切れていない殺意の塊を相手にどうしろと?


「……泣かしたら、一週間は二人の嫌いな物でご飯作るかんね」


アベルはふくれっ面で彼らを見た。

それは確かに効果的な脅しかもしれない。

一瞬だが、二人とも引いたような表情を見せていた。


「そうしましょうか! これは腕によりをかけないと!」


あやめのガッツポーズを見て、表情がさらに険しくなっていく。

多分、俺に対する扱いと胃袋を天秤にかけているんだろうな。


「そういうわけだから、キリサキ君」


スイカをあっという間に片付け、席を離れる。


「後は頼んだ!」


二人は脱兎のごとく逃げ出した。

建物内に消えるまで見送っていた。


「で、どうする?

あんなふうに脅されるとは思わなかったな……」


リヴィオさんは俺の左隣に座る。


「まあ、はっきりさせておくべきことは聞いておくか」


ルーイさんは俺の右隣に座る。完全に挟まれた。


「あの、後生ですから、そんなガン見しないでください」


この二人、俺というイレギュラーが気に食わないだけではないのだろう。

視線がより強くなっている。


「何を言う、エドガー・アラン・ポーを読んでいないのか?」


「ほら、ダンテの神曲にもあったでしょう」


両肩をがしりと掴まれる。

ああ、逃げられない。


「「娘の彼氏は一発殴っとけって」」


綺麗にハモった。同じことを考えているのは確かなようだ。

とりあえず、この二人は娘の彼氏の顔を見に来た父親のようなポジションらしい。

だからといって、そんなに殺意をバシバシ飛ばされても困るんだけど。


「さて、何が目的でエリーゼに近づいた?

貴様のような若者が高齢の婦人に近づく理由は何だ?」


貴様とか取調室にいる警部でも言わないよ。

頼むから俺を化物を見るような目で見ないでくれ。


「で、何年何月何日何曜日何時何分何秒地球が何回回ったときに出会ったの?

できれば、緯度と経度も教えて欲しいんだけど?」


リヴィオさんはリヴィオさんでクソガキみたいな質問を飛ばしてきた。

久々に聞いたよ、そのフレーズ。


二人とも笑ってるけど、目が据わってる。

何を考えているのかは分からないけど、完全に俺のことを警戒している。


「……野外演奏してたら、声をかけられたんですよ。

そのまま夕飯ごちそうになって、友達になりました」


そちらがそのつもりなら、俺もそれに答えてやる。

やられっぱなしというのも腹が立つ。

ガツンと殴られるのを覚悟する。


「変なことは一切考えていませんよ。

今回のことだって、掃除を抜け出してきちゃったんですから。

どうにかして戻らないと」


自分で言ってて気がついたが、本当にどうやって戻ればいいんだ?

よく分からないうちにこの世界に来てしまったのだ。

下手をすれば、戻れない可能性もある。


どうしよう、変なタイミングで落ち着きを取り戻してしまった。

二人の様子をうかがっていると、ついにリヴィオさんが吹き出した。

ルーイさんも肩を震わせ、笑い出した。


「いや、ごめんごめん。そっか、そういうことだったのか!

路上演奏してる演奏家に声をかけちゃうのもエリーゼらしいな……」


ようやく緊張感のない笑顔が見られた。

関門は突破したとみていいのだろうか。


「芸術家か。ウチにはいない人種だったな」


「これだけ人がいるのに、不思議なことにいないんだよねえ。

倉庫にいろいろあると思うから、何か弾いていったら? 

喜んでくれると思うよ」


倉庫か。そういえば、俺が掃除していた場所だ。

その中に時空を超える鍵があるかもしれない。


「遥か先の未来から来るって聞いてたからさ。

まさか100歳近くのご老人が時空を超えて大冒険するとも思えないから、私は50代くらいかと思ったんだ。そうしたら、とんだ若者が来たってエマから聞いたから」


「エリーゼの話だけでは、どうも不可解な点が多くてな。

だから、少し試させてもらったというわけだ」


二人の反応を見る限り、合格したということだろうか。

いくら試されると言っても、北海道でもここまで冷たい視線は送られたことはないと思う。


「そんなに心配だったんですか?」


「彼女は友達って言ってたけど、それだけだと信用できなかったからさ。

実際に会ってみないことには何とも言えないし」


ああ、これは完全に娘の彼氏を出迎える親の反応だ。素性の分からない男を受け入れるほどの優しさはなかったわけだ。


「そもそも、どうやってここに来たんだ?」


話がようやく進み、俺は一息ついた。

軽く事情を説明すると、彼らもそれぞれうなずいて話を聞いてくれた。

今一番俺に必要な展開だ。


「じゃあ、倉庫に行ってみる?

もしかしたら、その本もあるかもしれないし」


二人がすっと立ち上がり、俺もその後に続いた。
















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