2 未来人、スイカ


さて、俺のいる時代と場所は分かった。

次に考えるべきは、ここに呼ばれた理由だろうか。


そもそも、何で俺だけを呼んだんだ?

エリーゼさんだったら、あそこで片づけしていた奴らも一緒に呼んでもおかしくはないと思うんだけど。


それから、どのようにして俺をこの世界に連れてきたか。

何か仕掛けがあるとするなら、俺が取ろうとしたあの本にあると思う。


あの本は俺以外、誰も触っていない。

部屋全体にあった場合、あそこにいた樹季たちもここにいないとおかしいことになるからだ。


「あれ、結構とんでもないことになってる……?」


未来から人を召喚する。小説でもよくある話だけど、過去を変えてしまう可能性があるから、慎重に行動しなければならない。


そのはずなんだけど、ここにいる人たちは俺が来ることを予告されていた。

俺のことをあらかた知っている上で、動いている。


何のつもりで俺をこの世界に呼び出したのか。

こればかりはエリーゼさん本人に聞いてみないと分からないな。


幼い頃ということは、この世界の彼女はまだ5、6歳くらいのはずだ。

そうであれば、ここは50年以上前の世界と考えられる。


あれ、その頃の世界ってどこもかしこも経済成長が著しい反面、結構緊迫しているんじゃなかったっけ。ということは、時代によっては戦時中だってことも十分にありえる。展開によっては俺、マジで死ぬかもしれない。


「どうしたの、そんな顔してさ~。

ここは君が思うような時代じゃないから、大丈夫だよ~」


命の危機を察したかのように、少女は俺にスイカを差し出した。

ヘアピンで前髪をまとめていた。


「ここは安全地帯ですから、心配なさらないでくださいね。

そういえば、エマが鬼のような表情で飛び出したのを見たのですが……どうかされましたか?」


黒髪を団子にまとめた女性が開け放たれたガラス戸を見ながら、スプーンを並べていく。白のコック服を着てるってことは、今度は料理人か。


「今、エリーゼさんを探しに行ってます」


「まあ、そういうことでしたか。

お見苦しいところを見せて、申し訳ありません」


二人は頭を下げた。


「本当にごめんね。

こんなことって初めてだから、勝手が分からないんだ。

希望とかあったら、いつでも言ってね」


「いえ、俺も何が何だかよく分かってないから大丈夫ですよ」


二人も席に座り、俺の前に座る。

エマより年下に見えるけど、見た目以上にしっかりしてそうだ。


「私はカイン料理長の舎弟一号ことアベル! よろしくね!」


「舎弟二号のあやめと申します」


カインと聞いて、いつも不機嫌そうな料理人の顔が横切った。

俺より年上とはいえ、まだ生まれていないはずだよな? 

同じ名前の別人だろうか。


「霧崎奈波です」


「ウチの料理長ね、何でか知らないけど、恥ずかしがっちゃって出てこないんだ。

だから、代わりに来ちゃった」


アベルが両手を叩いた。


「後ほど、首根っこ掴んででも連れて参りますね。

貴方に顔を見せないのは、いくら何でも失礼だと思いますし。

そちらの世界の料理長はお元気ですか?」


俺の世界にいるヤンキーみたいなセンスを持つカイン料理長といえば、もうアイツしかいない。


「ええ、まあ……」


あやめの輝くような視線から顔をそらした。

カインが俺の世界で生きていることも伝えられている。

未来から俺が来ること以外にも、エリーゼさんは知っているらしい。

一昨日、彼女は一体何を見たのだろうか。


さて、どうしたもんかね。俺はこの二人について何も聞かされてないんだよな。

友達っていうか、慕っている部下がいることさえ言わなかったし。

元の世界に戻った後にでも聞いてみようかな。


「そうだ、スイカは好き?

この前、ウチの畑で捕まえたんだけどさ。

大変だったんだよ~。もう切った割ったの大騒ぎでさ~」


アベルはきゃらきゃらと笑う。

綺麗に三角形に切り分けられており、赤い果肉が輝いている。

黒色の種とコントラストが美しく、心がくすぐられる。


「アベル、その話はするなとカインから言われていたでしょう!」


「ええ? あんな頑張ったのに?」


「何を言っているのです! 

彼のいる世界にあんなバケモノがいてたまるものですか!」


まあ、確かにスイカは切るものだし、割るものでもある。

ただ、バケモノと呼ばれていたり、捕まえようとしたり、必死に口止めしようとしたり、この人たち、何と戦ってきたの? スイカってそんなに危ない植物だったっけ。


「まあ、とにかく食べてみて! 保証はするから!」


親指を立てて、何のためらいもなく一口かじる。

俺もそれにならい、スイカを手に取る。


「あ、すごい美味しい……」


スイカの甘さが口いっぱいに広がる。

果肉も柔らかく、噛まなくてもいいくらいだ。


「でしょでしょ? 本当にすごいよね!

あんなヤバい連中なのに、このうまさをどこに隠してたんだろうって感じだよね!」


「アベル! いい加減になさい!」


とうとう頭をはたかれた。


「もう、自慢話くらい別にいいでしょ!

そっちの世界にいないんだし、何の影響もないと思うんだけど!」


「そういう問題じゃないんですよ! 

彼の世界にない物をどうやって証明しろというのですか!」


確かにこれ以上その話を聞いていると、スイカの概念が崩れそうだ。


「大丈夫ですよ、俺も黙ってますし……」


「何度も手間をかけさせてしまって、本当にすみません。

そうしてくださると、本当にありがたいです」


「えー、こんな話、誰も信じないと思うよ?」


無言でにらまれ、口をとがらせた。


「……分かったよ~、この話はもう終わりね」


スイカを無言で食べ進める。

皮だけが残ると、今度はあやめから話を切り出した。


「そういえば、エリーゼが何歳くらいの世界からいらしたんです?

私は20代前半くらいに賭けました」


「私は18歳ジャスト。

友達って言ってたくらいだし、かなり仲良かったみたいだから~」


何でそんなことで賭け事してるんだよ。未来人に何を期待してるんだ。

まあ、友達が未来から来るといわれたら、そのくらいの年齢を想像するよな。

二人の予想も誤差として許せる範囲だろうし。


「確か、70は超えていると聞きましたけど……」


本当にうろ覚えだが、そのくらいだったはずだ。

二人は目を丸くして俺を見た。

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