打ちあがる大輪は時空を超える

長月瓦礫

1 未来人、俺


両足ですとんと、地面に着地する。

派手に転ぶことはなかったから、大きなけがはない。


大量の紙束が降ってきた瞬間、どこか違う場所へと切り替わった。

丁寧に舗装された地面、周りは木々で囲まれている。

太陽の光が反射して、何もかもがきらきらと輝いている。


その風景を見て、どこか既視感を覚えた。

さて、ここはどこだろうか。

俺の知っている場所、なのは確かだと思うんだけど。


「え、ちょっ……うわあ! なんかいるんだけど!

どっから出てきたの!」


目の前の女性にゴキブリのように扱われ、心に何かがぐさりと刺さる。


ロールアップしたジーンズと白のシャツ、紺のスニーカー。服装はあまり派手ではないものの、華やかな顔立ちをしている。

俺と同年代くらい、かつ背丈も大して変わらないときた。


結構美人だと思うけど、モデルか何かだろうか。

どうしよう、その辺の世界はあまり詳しくないから見ただけじゃ全然分からない。


「ちょっとちょっと! メイクだってまだしてないのに!

もーっ! 来るなら早めに来るって言ってよ!」


あれこれ考える俺の横で、大声で騒ぎながら両手で顔を隠す。

元々の素材がいいからか、すっぴんでもあまり気にならない。

そんなことを言えば、余計に怒らせてしまう。


「あの、どうぞ、お構いなく……」


「何言ってんのよ! せっかくのお客様だってのに!

とにかく、こっち来て! 案内するから!」


名前も事情も聞かないうちに、無理やり腕を引っ張られた。




彼女に案内された先は、綺麗に整備されたテラスだった。

芝生が切りそろえられ、ささやかな花壇も設けられていた。

金属製の白い椅子とテーブルに座らされ、彼女はすぐにその場から離れた。


この場所、やっぱり知ってる。

自分の勘が外れていないことに安堵した。


それでも、勘だけで判断するのも早すぎるだろう。

ポケットに入れておいたスマートフォンを見る。


起動画面は1月1日を表示し、時間も零時から数分が経過していた。

さらに、左上に出た圏外の二文字に俺は絶句した。


腕時計を確認すると、日付は23日をさしていた。

時刻は10時半過ぎくらいだ。

片づけを始めてから、数十分が経過している。


「腕時計様々だな……」


生まれて初めてアナログ時計に感謝した。


スマホのアプリを立ち上げてみれば、ネットすら繋がっていない。

このご時世にネットも使えない地域って、海底ぐらいしか思い浮かばないんだけど。


ひとつ言えるのは、スマホが完全に十徳ナイフならぬ十徳板となってしまった。

こいつはもうアテにならない。電源を落とし、ポケットにしまった。


スマホが使えないことを知り、俺の確信がぐらつき始めた。

まさか、俺が勘違いしているだけで全然違う場所なのだろうか。


「お待たせ~」


片手を上げ、完全体となった彼女が戻ってきた。

白い肌に赤のリップがよく映える。

こんな状況じゃなかったら、軽くナンパでもしていたんだろうな。


「さっきはごめんね、こんな早く来るとは思わなくってさ。

ね、アンタが噂の未来人なんでしょ? 

私、エマ・ソロウっていうんだけど。エマって呼んでね」


「あ、俺は霧崎奈波って言います」


「私もナナミって呼んでいい?」


「どうぞ、エマ」


ニヤリと笑いながら、俺の隣に座った。

ミライジンと頭の中で何度も繰り返す。魔王だの天パだのとさんざん変なあだ名をつけられている俺でも、そんな名前で呼ばれたことは一度もない。


変換するなら、どう考えても未来人だよな。

それ以外に何かあったっけ。


「あの、何がどうなっているんですか?

実は、何も聞かされてなくて」


エマは目を丸くして、素っ頓狂な声を上げた。


「すみません、本当に何も知らないんです

どういうことなんですか?」


俺がそう言うと、前のめりになって顔を近づけた。

ふわりと香水が鼻をついた。


「本っ当に、何も知らないの?

ていうか、ここに来る前に何してたの?」


この世界に来るほんの少し前まで、俺は倉庫の片づけを頼まれていた。

上段にある本を取ろうとして、足を滑らせて脚立から落ちたんだ。

ヤバいと思った瞬間、あそこに降り立った。


自分でも何を言っているか分からない。

彼女は深いため息をついて、頭を抱える。


「こっちは一昨日ナナミのことを聞かされて、いろいろ忙しかったってのに」


「聞かされた?」


「そう。エリーゼがね、はるか先の未来から友達が来るってね。

それにしたって予想外のこと、起こりすぎじゃないの?」


「エリーゼ?」


俺の知っているエリーゼはあの老婦人以外、思い浮かばない。

笑顔を絶やさず、いつものんびりとしているあの姿が脳裏をよぎる。


「エリーゼ・ラプラス……」


彼女のフルネームを口にすると、何度もうなずいた。


「そのエリーゼよ。そっちの世界で何か聞いてないの?」


昨日の記憶を手繰り寄せる。

今は長期休暇中で、楽団の練習もなくなった。

暇になった俺は彼女から、倉庫の片づけを頼まれた。


「『幼い頃の私が迷惑をかけるかもしれないけれど、よろしくね』としか……」


昨晩、ぽろっと短くそんなことを言っていた。

その時は、倉庫に眠っている品々のことを言っていたのだとばかり思っていた。


ロクに片づけをしていないから、散らかっているかもしれない。

迷惑をかけてしまうけど、片付けよろしくお願いね。


そういうふうに俺は解釈したし、結構ずぼらなのかなと軽く想像もした。

ここまで聞くとエマは勢いよく立ち上がり、テーブルを叩いた。


「あの子ってば、ぜーんぶこっちにぶん投げたってわけね!

ちょっと探してくるから! ここで待ってて!」


般若のような表情を浮かべ、室内へ音を立てて走っていった。


「幼い頃の私……ってそういう意味かよ」


少し遅れて、言葉の意味を理解した。

変に解釈する必要すらなかった。その言葉の通りだった。


どうりでスマホが使い物にならないわけだ。

この時代にこんな便利道具、あるはずがない。

日付の表示がおかしいのは、この時代に対応していないからか。


そりゃ、既視感だってあるはずだよ。

暇さえあれば、ここに来ているんだから。


ここはエリーゼさんが幼い頃、何十年も前の世界だ。

つまり、過去の世界に俺は飛ばされたんだ。


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