墓前の憂鬱
不貞腐れた恐竜
最初で最後の話
墓前の憂鬱
「秋茜にちょっかい出して、俺ら痛い目見たよな...。」
何気なく発したその言葉を聞いた乗客が白い目で彼を見た。そのような目で見るのも無理はない、彼の周囲には誰も居ないからだ。
茹だる夏の夕に、グレーのスーツを身にまとい、電車に揺られていた。差し込む日差しが頸に当たり、暑くて仕方が無かったがブラインドを降ろす気力すら無い。
どこからともなく自転車のベルが聞こえた。その音に反応して外を見ると、田んぼで虫取りをしている子供3人組に注目した。思わず過去の姿が重なってしまう。
「次は〜籠目、次は〜籠目、お降りのお客様は荷物のお忘れ物等が無いよう気を付けてお降り下さい。」
ガサガサと鳴る煩いビニール袋を持ち、今にも折れそうな体を左右に揺らし駅に降りた。久し振りに訪れたこの地は何処を見ても思い出しかない。自転車置き場で駄弁り会ったこと、若い駅員さんと話したこと。
長い石造りの歩道を歩いて行く、あの日から俯いて歩くのがお似合いになってしまった。下を見るとマンホールに絵が書いてあり、可愛い河童の絵がこちらに手を振っている。懐かしいと感じた。
墓は山のほうにあった。何度も足を浮かせて階段を踏み締める。ガタガタになっている階段は気を抜くと踏み損ねて転げ落ちそうだった。昔は、こんなに小さいと感じた事はなかった。
階段を上り終えると、幾多の墓石がそこに佇んでいた。長年手入れのされてない墓からつい先程磨かれたであろう墓まで、色とりどりの墓がある
その磨かれた墓の前で立ち止まった。
元来、掃除するつもりで来たが手のつけようがないほど墓は綺麗だった。申し訳なさが立ったのでそこらに置いてあったほうきを持ち出して墓の周りを掃除した。上方に溜まった草を掃くと日が輝り込んだ、下方に大きく積もった土と一緒に除いた。
ビニール袋から梅のグミと缶コーヒーを取り出して墓前に置く、缶コーヒーは冷えた物を買ったはずだったが、すでに緩くなっていた。
あの日から...、もう5年が経った。
「相変わらず、あいつは鈍臭いまんまだよ。起きろっつっても起きやしない。何度も何度も呼ぶけど、もしかしたら寝てるフリとかしてたり、なんてな...。」
ポケットからタバコを取り出した。ライターをつけて煙が燻り出した。肺胞の一つ一つでそれを堪能して吐き出す。煙を警戒して夏のトンボがそれを避けた。
「今はしっかり働いてるよ、毎日電車通勤、車の方が良いんだろうけど、こんなどうしようもない俺だからさ、ヘタレて乗れなくてよ。」
目の前にある梅のグミと缶コーヒーに目が行く。一見異質な組み合わせだろう。
「変な組み合わせかもしれねぇけど、俺は結構好きだぜ?、お前は俺とはとことん趣味合わないけど、これは会うぜ。」
自分の缶コーヒーを開けて墓の前の缶にコツンと当てた。
「乾杯...。」
そう言って飲んだコーヒーは苦味しか感じず、飲んでも損した気分になった。
「苦い...。」
墓前に飲みかけのコーヒーを置いた。
そのまま、あぐらをかいて通路に座った。
「高校から同じように鈍臭いからよ俺、みんなから白い目で見られてるんだよ、いや鈍臭いだけが理由じゃ無いか...。」
ツクツクボウシの鳴き声が耳を劈く。無数に鳴くセミに昔はストレスを感じていたが、今となってはそれを全て受け入れていた。
「このセミみたいに、女って思えないほどあいつ煩かったよな、秋になった瞬間嬉しそうに跳び上がって体育祭だ文化祭だ何々の秋だって言ってよ、ひょっとしたら秋になったら連絡くるんじゃ無いかって、期待してんだけどよ...。毎年よぉ...。」
目が潤んできた、そんなつもりで来たわけではないと心に誓っているはずなのに、喉がそれから先に声を出させてくれなかった。
落ち着くまで時間がかかった。目の潤みは無くなり、乾いたその口で発した。
「逆に6月中旬近くになるとお前喜んでたよな、俺の日が近いって言ってよ...。俺とあいつでゲジゲジとか、別にその日じゃなくてもいいだろとか、馬鹿にしてよぉ...。」
する事のない手を重ね、バネのようにグイグイと押して引いてを繰り返した。
「よくよく考えると俺ら好きな月を大事にしてたなって思ったよ...、逆に言うと他の物はなにもいらないって言うかさ...。」
ハハッと愛想笑いをしても、聞こえるのは自分の声と木々の揺れる音だけだった。
「あ、そうそうスーツは新調したんだ、どうだべ、似合うべ?、はは...、何つってな...。」
ひたすらに虚しく悲しかった。憂いを何度も体験している彼は「憂い」との共存の道を歩む。すでに目の前の人は無くなり、誰もその言葉を返してはくれないのだから。
「ここに来るまで過去を、追憶って言うのかな、何回も思い返してよ、俺、本当に馬鹿だったなって、有頂天だったよ。」
今すぐにでも泣きたかった。その度に墓石に刻まれた文字を何度も黙読して気を紛らわせた。
「3人の中で俺は、誰かに勝ってたら誰かに負けてる中途半端な2番手だったな、運動でも勉強でも俺は。あいつも面白いよな、二重跳び出来ないのは普通って思ってたなんてな...。」
堪えきれなかった、夏の光によって煌く涙が、開けた襖を閉めぬ速度で落下して行く。
「あ、あの日からよ...、人の名前が分からないんだ...、記憶はあるんだ、誰と遊んでどんな事をして、だけど名前だけが、俺自身の名前さえもお前の名前も、あいつの名も...。」
だらだらに溢れる涙を指で塞いだ。
「あ、あれ?、なんでだろうな、ハハ、もう23だぜ、ダッセェな俺...。」
スーツで涙を拭くことぐらい造作もなかった。ぐじゃぐじゃになった顔を腕で吹き上げた。夏の魔法で直ぐに乾いて白くなった。
「本当に...、綺麗にされてるな...。」
磨かれた墓を撫でた。ほんの少し冷えた石が心地よかった。体を前のめりにし、墓石に頬を当てた。
「どうすりゃ、この世界を愛せるかな...。」
流れた涙が墓石を伝い、水たまりを作る。
「俺...、もう一度お前らと話をしたいよ...。」
背後から足音を感じて振り返ると、水を頭から掛けられた。
亡くなった友人の母親だった、親しく話した記憶はあるがやはり名前が思い出せない。
供えた梅のグミと缶コーヒーが蹴り飛ばされて無様に転がった。
ここに俺がいることが場違いであることがやっと気付いた。濡れたその体で水が入ったビニール袋を持って蹴飛ばされたグミを拾った。缶は木々の中に入ってしまい取るのに手間がかかると感じ、その全てを見捨ててしまった。
「人殺しッ!、二度と来るなッ!。」
その声は酷く震え、それが怒りからか悲しみからか、どちらかわからなかった。
「あんたが居なければ!、(亡くなった友人)はッ!。」
その感情の剥き出しな怒号は、男の心を締め付けるには十分な言葉だった。
叫ばれたはずの名前が耳に入っては直ぐ消えて行く、忘れたくない筈なのに。
「来年、また来ます...。」
前を向けなかった、本当に、申し訳なさが先にたった。
「ぐぅ...ッ!、来るんじゃねぇよ!。」
その声を尻目に、長い階段を下りた。電話を取り出し、手慣れたスピードで番号を打った。男の周りで電子音が鳴り響く、何度も何度も音が鳴り響いても人は出ない。
スマホを見ると、通話中から会話時間の画面に切り替わった。繋がっている証拠だ。
淡い希望を抱えて声を出した。
「彼女は、目を覚ましましたか...。」
弱々しい声で話しかけると、冷たい言葉が帰ってきた。
「もう掛けて来ないでって、言いましたよね?、(意識のない友人)が、簡単に目を覚ますわけないでしょ...、毎日毎日...、なんであんたは無事なわけ...?。」
そう言って電話を切られた。なにも言えない心を苛まれた。
男は石段に座り頭を両手で鷲掴みにする。
何度も何度もあの日が脳裏をちらつく。
「ぐぅッ...、はぁッ...、教えてくれよ2人とも...何で俺は生きてるんだ...ッ!。」
毎年、見舞いに行ってもごめんなさいの一言も言えなかった、もしかしたら生きていて、突然何事も無く遊びに誘ってくるかもしれないと思うと、声が出なかった。
なぜ、友人はこうなったのだろう...?。
友人の名は、何だろう...?。
男のフルネームは、何だろう...?。
男はゆっくりと立ち上がり、感傷に耽りながら坂道を下って行った。
読者の方々には、彼に名を教えてほしい。
答えはきっと、流して行った過去にあるだろう。
※答えはこの先
「車の方が良いんだろうけど」と「ヘタレて乗れなくてよ」。
主人公の運転していた車が事故に遭う。
「秋になると私の季節」で 「秋茜にちょっかい〜」→「秋(の)茜にちょっかい」
あいつの名は茜(あかね)。
「6月中旬近くになると〜」と「ゲジゲジ」で「夏至」、「その日じゃ無くてもいい」から「至」のみを取り出す。つまり「お前」の名は「至(いたる)」。
墓前の憂鬱
上方に溜まった草の冠を掃くと日が輝り込んだ、下方に大きく積もった土と一緒に除いた。
墓→日
「好きな月を大事にしてたな」、「他の物はなにもいらない」
前→月
「彼は「憂い」との共存の道」、
人+憂
憂→優
「缶は木々の中に入ってしまい取るのに手間がかかると感じ、その全てを見捨ててしまった。」
木缶木 全てを見捨てる
鬱→無し
「彼」は「日月優(ひつきゆう)」
墓前の憂鬱 不貞腐れた恐竜 @kyouryuu_futekusa
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