ヒューマノイド
遊馬海里
ヒューマノイド
もう何度繰り返したか分からない。
パーツを組みかえシステムを刷新し、長い時間をかけてその研究は進められた。
そして永遠にも思える年月が過ぎ、奇跡がおこったのだ。
「おはようございます。今日はとても良い天気ですね。」
彼は起き上がりそう言った。
「ここは地下だから空は見えないよ。」
久しぶりの対話であれど、それは会話ではなかった。
何故なら対話の相手はロボットであり、私自信が組み込んだシステムの通りに言葉を紡ぐ未発達の人工知能AIだったからだ。
「君に出会えて嬉しいよ。」
言葉の意味も知らないロボットは無表情のまま眺めていた。
「君の名前は未来。人のいなくなった世界の希望たり得る存在、それが君だよ。」
未来は反応を示すことはない。
「まずは朝食と洒落こもうか、君は離乳食だけどね。」
世界にただ一人の人間とロボットの共同生活はこのようにして始まった。
初めはただの暇つぶしみたいなものだった。
人類が絶滅してからずっとひとりで生きてきた私は孤独というものに一向に順応する事が出来なかったんだ。そしてある日思いついた。ひとりが嫌なら作ってしまえばいいと。
研究は上手くいっていた。いつか役に立つと以前保存しておいた人間の死体のコールドスリープ。勿論死んでいるため脳やその他の臓器等は使うことが出来ないものが多かった。しかしそれは化学の進歩した現代の敵ではない。使えなくなった臓器は人工の物に変えればいいし、その気になれば細胞から臓器を復元することだって可能だ。
ただ一つ問題があったのは脳だ。脳は人工物には変えられないし、例えクローン技術で復元したとしてもそこに人格が宿ることはない。そこで私が注目したのは人工知能AIの脳への置換である。人の脳を神経ネットワーク上に再構築し人工知能にシステムとして落とし込む。そうすれば脳の役割を代行することができるようになるし、なにより人工知能には人格があり成長する。
そうして製作(つく)られたのが未来だ。
「今日はとてもいい天気ですよ。こんな日は外を散歩するに限ります。」
未来が目を覚ましてから五年が経った。
人工知能AIを搭載してることもあって自由に会話を出来るほどになった。
一つ問題があるとすればそれは感情の表現である。
喜怒哀楽は勿論、口では楽しいだとか美味しいだとか言うけれど肝心の表情が全く機能していない。一度詳しく身体検査をしてみたけれど体の方にはなんの異常も見られなかった。
やはり人工知能AIには感情なんてものが存在しないのだろうか。
次第に私は焦り始めた。
それから更に五年が経った。
相変わらず未来は無表情のままだったけれどその間にも知識を蓄え続け、今では私と研究を一緒にするようになっていた。
「博士、最近体調が優れないみたいですけど大丈夫ですか?」
見た目は変わっていないはずなのに私の体の不調を見抜くなんてことも出来るようになったみたいだ。
「もう私も歳だからね、昔のように徹夜で実験をするような無茶も出来なくなってしまったよ。」
私は出来ないことが増えていく毎日。
「今日もいい天気です。散歩にでも行きましょう!」
人類が絶滅したその原因の一つに廃棄ガスや有毒のガスによる大気汚染の影響があった。私が未来を製作(つく)
り始めた時はまだ汚染が抜けきってはいなかったけれど、未来が目を覚ました頃にはすっかり緑溢れる世界へと様変わりしていた。
気乗りはしなかったけれどもうすぐこの世界ともお別れだと考えた私はたまには散歩も悪くないと歩みを進めた。
「今日は博士に見せたい景色があるんです。」
そう言った未来はずんずんと歩いて行った。
疲れというものを知らない未来は途中限界に達した私を背負い、またずんずんと歩いた。
ふと潮風を感じ、顔をおこすと目の前には雄大な海が広がっていた。
「随分と高台に来たね。」
そこはまるで大昔の火曜サスペンス劇場の自殺現場にでも使われそうな崖だった。
「いつも研究所に籠りっぱなしの博士にこの世界がどれだけ広いかっていうのを見せてあげたくて。」
私は君が生まれるずっと前、人間がまだ沢山いた頃から生きているのに何をふざけたことを言っているんだと言おうとしたけれど、その海を見て考えを改めた。
「綺麗だね。」
人間が絶滅したからか海は見渡す限り澄んでいて、海中の生物が肉眼で視認出来るほどだった。
「もう歩ける、降ろしていいよ。」
こんなにも綺麗な景色が溢れるようになった世界を見てまわりたいと思うほどに。
突然大地が傾いた。
地震だ。
未来に背負ってもらっていた私はまだ足の感覚が戻っておらず正常に立っていることが不可能になった。
場所が悪かった。揺れる大地に翻弄されるようにフラフラフラフラとふらつく私はあろうことか崖から足を踏み外してしまった。
落ちたと思うが先に未来は私の手を掴んでいた。
「離してはくれない?」
「当たり前です。博士は死なせませんよ。」
そう言うも未来は私を引き上げることは出来ないでいる。
「どうせ先の短い命なんだ。君まで巻き込む前に手を離してよ。」
このままでは未来まで崖の下に真っ逆さまだ。
「先が短いなんててきとうなこと言わないでくださいよ。」
未来と違って私は旧時代のヒューマノイド、身体の全ては機械で出来ていてその総量は未来を軽く超える。
「仕方のないことなんだ。人類が絶滅してから約千年。体のパーツを組みかえ誤魔化してはいたけれどそれも限界に達してる。何もしなくても私はあと何年もしないうちに機能を停止する。」
衝撃により顕になった節電義手を未来は掴んで離さない。
「やめてください。死を正当化しないで。」
「もうお別れなんだ。」
「いやだ、博士は絶対に死なせない!」
そう言った未来の頬には涙が流れ、なんとも言えない苦悶の表情をしていた。
その姿を見て、私がしてきたことが間違ってはいなかったという証明がなされた。
「もういいんだよ。私の目的は達成されたんだ。これ以上やり残したことなんてない。」
そう、もう私がこの世界に留まる理由はないのだ。
「いやだって言ってるんだ!博士のいないひとりぼっちの世界なんて生きていたってしょうがないじゃないか!」
本当に成長したなと私は思った。こんなに人間らしい感情を表現するなんて、未来が生まれたあの日は思いもしなかったから。
私は必死に引き上げようとする未来の手を振り払い、奈落の底へと落ちていく。
『ひとりぼっちの寂しさは私が一番知っている。』
僕は博士の最後の言葉を思い出して自分の生まれた研究室の扉を開いた。
『君の番(つがい)を製作(つく)っておいた。君ならばその子を立派に育てあげることが出来るだろう。』
研究室の中央には小さなポットが置いてあり、そこには人工の臍の緒に繋がれた胎児が眠っていた。
『君たちが幸せに暮らしていくことを願っているよ。』
ボタンを押し無事出産されたその子にあの日と同じ言葉を贈る。
「君に出会えて嬉しいよ。」
そう言った僕はどんな表情をしていたのだろうか。
ヒューマノイド 遊馬海里 @IRIMAKAIRI
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