02 & start.

『では、衝撃の顔出しから一夜明けて、今のお気持ちをどうぞ』


『いそがしいです。いつまで経っても、延々と仕事です。今まで笑うことなんてあんまりなくてもう頬がひきつってます』


『それでは、もう何度も何度も言い疲れたと思いますが、ぜひもういちど、よろしくおねがいします』


『はい』


『では、どうぞ。本番組限定で、長尺です』


『由秋ちゃん。見てくれていますか。ごめんなさい。僕は、君と会う前の記憶がありません。たまたま拾ってもらってドラマの役者とか脚本家とかやってますが、なにも、思い出せません。何も』


 首を振るしぐさ。彼の癖。


『でも、あなたのことが好きです。あなたにとっては些細なことかもしれないけど、僕があなたと住む部屋を借りようとしたとき、僕が名前を書けなくて、そのとき、あなたが、名前を書いてくれて。しかも、そのあと』


 涙を拭うしぐさ。


『なにも、聞かないでくれて。いつも通りでいてくれて。ありがとう。君のいる部屋番号が、僕にとって、初めての数字になりました』


 彼。真面目な顔。


『これからも、きみと、一緒にいたいです。でも、もし自分が、良くない人間だったら。そう思うと、こわくて、こわくて、しかたがないです』


 手が震える。彼の、小さな手。


『だから、僕のことを知っているひとがいたら、僕に連絡をください。電話番号は』


 言われた番号を、メモした。人探しダイヤル。


『おねがいします』


『はい。ありがとうございました。脚本家が記憶喪失の元恋人として出演する衝撃の最終回は、水曜日です。みなさんどうか、よろしくおねがいいたします』


 電話を取って、番号を、押した。


『人探しダイヤルです。特殊な受け付け番号をお持ちのかたは』


 この部屋の番号を、押した。この番号は、私と彼しか知らない。


『少々お待ちください』


 待った。切り替わる音。


『由秋ちゃん』


 彼の声。


「ばかっ」


 電話先。泣いている声。


「早く帰ってきなさいっ」


 込み上げてくる嗚咽を、抑えた。いま泣いてしまったら、喋れなくなる。


「あなたがどこの誰でもいい。名前が必要なら私のをあげる。だから、早く」


 喉が、びくびくしてきた。泣くな。こらえろ私。


「はやく帰ってきて。おねがいだから」


 泣いている声。


『うん。ごめん。すぐ帰るね』


 そこまでで、緊張の糸が切れた。何がどうなったか、わからない。


 泣きつかれて床に倒れ込んでて。彼が来て。私を抱きしめて。


 一緒に泣いた。


「ごめんなさい。あなたのことを何も知らなくて。なにも、私は何も」


「ううん。僕は、何もいらない。君といられれば、何も」


「テレビ。もっと大きいの、買おうね」


「いや、これより大きいの売ってるかなあ」

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かなり大きめのテレビ 春嵐 @aiot3110

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