かなり大きめのテレビ

春嵐

01 end.

 彼が部屋からいなくなって、一週間ちょっと経った。


 不思議なもので、日常に慣れはじめている自分がいる。洗濯物の量。食事の後片付け。仕事から帰ってきたときの、真っ暗な部屋。すべて、慣れた。


 彼だけが、いない。


 最初の数日は、ふとしたときに彼を探してしまったりするけど、もう、そんなこともなくなった。いないということが、事実として、分かる。


 ある日起きたら、いなくなっていた。書き置きも、連絡もない。もともと、持ち物の多い人ではなかった。そして、彼は自分の書斎を持たなかった。リビングにお布団敷いて寝てる。それだけ。趣味もない。


 仕事から帰ってきて、缶ビールとおつまみを片手に、テレビのドラマを見る。それだけの、人生。なんの仕事をしているかも、分からなかった。


 探しようがなかった。彼のことはよく知っているけど、名前を、知らない。彼は、最後まで名前を教えなかった。私も、聞かなかった。


 この部屋も、彼のものだけど、名義は私。借りるときに、彼は、名前を書こうとして、なぜかしばらく固まってて。代わりに私が書いた。


「そうだ、テレビ」


 彼、テレビだけはよく見てたな。他に娯楽はなかった。ただ、テレビだけを。これ買ったの、彼だっけか。なんか大画面がいいからとか言って。やたらと画面の大きいテレビ。


 なんとなく、スイッチを入れてみる。彼がいなくなってから、テレビは見ていなかった。


 大画面。


 彼の顔が、映し出される。


 ドラマ脚本家、遂に顔出し。衝撃の最終回に登場。テロップが流れる。彼の名前ではない。知らない人の名前。でも、彼の顔。


 テレビに映る彼の顔。朗らかに笑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る