空に走る
一帆
第1話
「つっ・・・・・・・」
ボクは思わず目を瞑って胸を押さえた。こんな場所で一瞬の隙は命取りになる。
ぐっと歯を食いしばってリンテゥと呼ばれる飛翔艇の舵を持ち直した。でも、顔を上げると、目の前にラーム(巨大な空飛ぶウツボのような化け物)が大きな口を開けて襲いかかろうと待ち構えていた。
ドスッという鈍い音と同時に目の前のラームが下に落ちていく。目の前には、ラームの血でべったり汚れた大きな剣を持つ
「なに、ぼぉっとしてんだよ! しっかり前を向いて操縦しろ、葵」
「悪りぃ」
ボクはおどけたように舌を出して謝る。けれど、かなり胸が苦しい。もうそろそろ、だめかな。ポンコツの心臓はボクのいうことを聞かなくなってきたかもしれない。でも、せめてこの階層だけは攻略したい。その一心で、前を走る詞のリンテゥの後を追う。詞の大剣は次々と襲い掛かるラームを切り裂いていく。後ろから見ていると、左右に大剣を振るう詞は剣舞を踊っている剣闘士のようだ。なんてかっこいいんだろう。大好きな詞。ごめん。ボクは君との誓いは守れそうにもない。今までのことが走馬灯のように頭をよぎる。
この世界は、異世界人に甘い毒のように優しい。一緒に召喚されたボクらは、ピピと名乗るウサギのような長い耳をした
ボクらは、ピピが『天空のダンジョン第20層にいるドラゴンを倒してもらえる竜玉なら、元の世界に戻すことができるかもしれない』と言った言葉を信じて、ダンジョン攻略を選んだ。そして、詞と『絶対に元の世界に戻るんだ』と誓いを立てた。誓いを成就させるため、この3年間、雨の日以外、ダンジョンに挑み続けてきたんだ。
地下のダンジョンも湖底のダンジョンも死に物狂いで攻略した。そして、やっとリンテゥを2機、手に入れることが出来たんだ。ようやく、これで、天空のダンジョンに挑むことが出来る。そう思った矢先に、ボクの心臓は悲鳴を上げた。
『魔力硬化症』
ボク達のような異世界人がかかりやすい病気らしい。この世界に召喚されるとその量に差はあるけど、異世界人はみんな魔力持ちになる。でも、魔力は異物。体が魔力に拒否反応を起こして、身体の中で固まってしまうことがある。ボクの場合、心臓に魔力の塊が出来つつある。『治すには、仙丹という薬草を飲むといいよ』とピピが無責任に言っていたけど、ボク達のレベルでは手に入るはずもない。
― なら、せめて、詞を元の世界に戻してあげたい
「大いなる火よ。焼き尽くせ」
ボクは、ボク達の目の前に現れた大量のラームに魔法の火を飛ばす。ボクの心臓は、ボクの体を巡る魔力に耐えきれず、悲鳴を上げた。ぎゅうっと締め付けられる痛みが襲ってくる。ああ・・・。もう、無理かも。ごめん。詞。約束、守れそうもないかも・・・・・・。
「葵! あおーーい!!!」
ポトン・・・ポトン・・・
雨の音で目を覚ましたのは、ボク達が仮住まいにしている村のはずれの宿屋だった。目を開けると、目の前にピピがいた。とても機嫌よさそうに笑っている。
「目を覚ましたんだね。葵」
「・・・・どうして、ボク、ここにいるの? 詞は?」
「詞? ああ、あの子なら、ほら」
見せられたのは小さな青い石だった。
「はあ?」
「あの子は死んだからね。魔石になったんだ。これは僕のものだけど、特別にちょっとだけ見せてあげる。だって、あの子、自分の命と交換してくれって言うんだもの。笑っちゃうよね」
「嘘だ!!」
クククっと可笑しそうに笑うピピに、思いっきり枕を投げつけた。ピピはひょいっとそれをかわす。
「実はさ、葵の魔石は何色かなぁって密かに楽しみにしていたけど、あてがはずれちゃた。でも、こんな綺麗な魔石が手に入ったから、今回は見逃してあげるよ。
君たちは、必死にあがいていたからきっと綺麗な魔石になるだろうって思って―」
今度は、手に当たった水差しをピピに投げつけた。あとは手あたり次第、毛布も、タオルも、魔法灯も。ピピは、「おーこわ。こわ」と笑いながら交わしていく。
投げられるもの全てを投げつくして、ボクは肩で息をする。
詞が死んだ? 死んだ? 涙でぼやける視界の中、大剣で次々と襲い掛かるラームを切り裂いていく詞の背中に手を伸ばす。ボクの手は空を切り届かない。
「ああぁ――――――」
喉が壊れるかと思うくらいの大声でどなった。そして、ベッドから起き上がると、ふわふわ浮いて笑っているピピを捕まえようと走り寄った。
「あーあ。せっかく教えてやったのにさ。葵、君にも幻滅したよ」
ピピはひどく冷たい声でそう言うと、ボクの手が届く寸前に消えてしまった。
死ぬのはボクだったはずだ。ボクが死んだらボクの魔石を対価に詞を元の世界に返すって約束をピピとしていた。だから、手紙だって書いて用意しておいた。『詞がいてくれたから、頑張ってこれた。ありがとう』って。
― なのに、なぜ、詞が死ななくてはいけなかった?
泣き疲れて、叩き疲れて、ボクはなにもする気がおきなくなった。ただ、詞が使っていたベッドに潜り込み毛布を抱えて、寝ているのか起きているのかわからない生活をするようになった。皮肉なことにあれから心臓が痛くなることはない。魔石にしてくれと思っても、ピピも姿を現さない。毛布に残った僅かな詞の匂いを嗅ぐことがボクの唯一だった。
今日も朝から雨が降っていた。ボクは、この世界の雨が嫌いだ。真っ暗な空から降る雨は僅かに毒を含んでいる。この雨を集めて飲めば、死ねる? そう思うと、ちょっとだけ雨が好きになった。
窓を開けて雨に手を伸ばそうとした時だった。宿屋のおばさんが食事をのせたトレイを持って部屋に入ってきた。
「葵ちゃん、何か食べないと死んでしまうわよ」
「・・・・・・いいんです。詞もいない世界に未練はありません」
もうどうでもよかった。おばさんの親切さえ邪魔だった。
「でも、きっと、詞君、心配していると思うわ。さっき、詞君のリンテゥが戻ってきたわ。なんでも、天空のダンジョン第5層の虹の木に引っかかっていたそうよ」
「詞のリンテゥ? 虹の木?」
「詳しいことはよくわからないけれど、見に行ってみたらどう? 裏のリンテゥ置き場にあるから」
ボクは、慌てて起き上がろうとした。でも、何日も食べていなかったせいか、立ち上がれずその場にへなへなっとうずくまってしまった。
「だから、いったじゃない。なにか口にしたほうがいいって。パン粥を持ってきたからそれを食べてから行ってごらんなさい」
おばさんに抱えられるようにして椅子に座らせてもらって、パン粥を食べ始めた。何にも味がしないし、口の中がざらざらする。それでも、詞のリンテゥに会いたい一心で口の中に無理やり入れる。食べ終わるとおばさんにお礼を言って、裏のリンテゥ置き場へ走った。
そこには、足場の円盤の裏にTOAと書かれた青色のリンテゥがボクのリンテゥの隣にあった。舵の部分は折れ曲がってボロボロだけれど、確かに詞のリンテゥ。
「お前もボクと同じだね」
詞を失ってボロボロになったリンテゥ。ボクはよたよたっと近寄ると、足場である円盤を触った。円盤にボクの涙がぽたぽたと落ちる。
ふるるっ
ボクはリンテゥが震えたような気がしてまじまじと眺めた。ん? 足場の円盤が微かに盛り上がっている。ボクは、足場の円盤を少し回してみた。円盤の蓋はあっさりとはずれ、中には一通の手紙が挟まっていた。
「詞?」
ボクはそれを震える手で手紙を開けると、読み始めた。
『葵! ちゃんと飯食ってるか? 俺がいなくなっても飯は食えよ。風呂は入れよ。髪は梳かせよ。一応女なんだからな!! ちゃんとやっているかほんと心配だぜ。
ピピの野郎は可愛い姿をしているが悪魔だ。絶対に信じるな。魔力硬化症なんてでまかせだ。ピピはお前が魔石になるように画策してやがった。死んで出来た魔石にはその人の心が宿るらしい。ピピはお前がどんな色になるか楽しみだって笑いながら言いやがった。だから、俺がピピの野郎に話をつけた。もう大丈夫だ。
本当は一緒ずっと一緒にいたいほどにお前が好きだ!!
でも俺はこの選択を後悔していない。
お前が生きてくれればそれでいい。俺のことは忘れてもいい。好きな奴とかできてもいい。(でもな、俺はそいつに禿げろ!と呪いをかけておく) 子どもを産んでもいい。とにかくおばあちゃんになるまで笑っていろ! 友達もたくさん作れよ!
最後に恥ずかしくて絶対に言えないことをここに書く。 葵! 愛している!!』
詞らしい大胆な字だった。最後の『愛している』は、ペンに力が入りすぎたのか、紙に穴があいている。詞ったら、ちゃんと言ってくれたらよかったのに。詞がボクのことを好きだなんて全然知らなかった。でも、ご飯を食べろとか、小言を書いてしまってはラブレターにならないじゃないか。穴だってあいているしぃ。もういない詞に文句を言いたくなってきた。
何度も何度も読み返しているうち、ボクは、あることに気が付いた。
『死んで出来た魔石にはその人の心が宿る』
それは、ピピが見せてくれたあの青い魔石に、詞の心が宿っているということだ。
ボクは、円盤の蓋をもとにもどすとリンテゥ置き場から外に出た。さっきまで暗い空だったのに、空は青くなっている。お天気雨? まだ、ぽつりぽつりと雨が降っているけれど、雨の色が毒を含んだ薄紫色から透明になっている。ボクは外に飛び出し、空に向かって叫んだ。口に入る透明な雨は、元の世界の雨のように甘くて優しい。
「詞! 待っていて! 必ず君を取り返す」
ボクはそれから宿屋に戻ると、修理道具を手にリンテゥ置き場に戻ってきた。ポケットに入っていたポーションを一気に飲んで、頬を叩いた。
「詞。ちゃんと修理してボクが使うね。名前もTOAからTUKASAに変えてもいい? 天空のダンジョンの攻略もTUKASAといっしょなら、ボク絶対できそうな気がする」
折れ曲がった舵の修理に取り掛かった。ボクのリンテゥを分解して舵を付け替える。キズの部分にパテを塗り込み、名前を書き換えて布で磨きあげた。
「さあ、TUKASA。まずは試し走行だ」
リンテゥ置き場の扉を力いっぱい開ける。雨も上がり、空一面澄み渡っている。天空のダンジョンの向こうには虹も見えている。虹は元の世界と同じ七色なんだ。虹を渡ることができたら詞に会えるのだろうか? そんなことを考えながら、リンテゥに乗り飛行の魔法を唱えた。
「君がつかまっていた虹の木ってどんな木なんだろう? 探しに行かなきゃだね。TUKASA、連れて行ってくれる?」
ふわっとリンテゥが浮き上がる。雨上がりの空を天空のダンジョンを目指してリンテゥが走る。ボクの前に大好きな詞の背中があるような気がして、ボクは一層加速をつけて、リンテゥを走らせた。
おしまい
空に走る 一帆 @kazuho21
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