第3話

神夜と彩華は、山を上っていた。


「彩華。あとどのくらいだ?」

「んーとねー。まあ、私も夢で見ただけだからいまいち覚えてないんだけど…、もうちょっとでつくと思うよ?」

「そうか。なら早くいくぞ」

「そんな焦んないでも…」


 文句を言いつつも二人は順調に歩いていった。




 しばらくすると、いきなり目の前が開けた。


「あ、ここだと思う」

「…ん?あれは何だ?」

「あ!あれ!夢の中にあったやつ!」


  その視線の先には小さな建物があった。


「あれは…神殿か何かか?」

「知らない。ただ…」

「ん?なんだ?」

「夢ではここに来て、でもその建物に入ったあたりからいきなり目の前が真っ暗になって、気づいたら仰向けでねっころがってて、上から白い箱が降りてきたの」

「つまり、あの中は分からないっつーことか」

「そうよ」

「ま、ここまできたし、行くだけ行くか」

「そうね」


 二人は小さな神殿に入っていった。入ってすぐに階段があった。


「地下か…」

「ねえ。なんかさっきからちょっと寒気がするんだけど…」

「ああ。多分ここになんかあるんだろう」

「え?神夜なんか知ってるの?」

「…いいから行くぞ」

「…はいはい」


 そして、二人は階段を下り始めた。しばらく無言が続き、3分ほどでようやく扉が見えてきた。

 とても長く、折れ曲がった階段のため、地上の光は全く入ってこない。

 そのため、神夜が、バックの中に入れていた懐中電灯で足元を照らしながら降りてきたのだ。


「ふう。ようやく終わったねー。どんだけ深いのよここ…」

「それだけのものがあるんだろう」


 そう言って神夜は扉に手をかける。扉がギギ…という音をたてながら開く。


「っ!」

「どうしたの?」


 神夜が持つ懐中電灯の光の先に、それはあった。

 暗闇の中、光を吸収し、闇を放っているように感じるほど黒く輝く箱。人の頭が一つ入るほどの大きさにもかかわらず、まるで目の前に隕石でも降って来ているような存在感。


「アレは…やばい…帰るぞ」


 神夜は危険を感じて踵を返す。そこには迷いは無かった。

 …だが。


「おい!なにをしている!すぐに離れろ!!」


  神夜が振り向くと、彩葉が手を伸ばして箱を開けようとしていた。


「し、神夜…。体が勝手に動くの…。助けて…!」

「ふざけてる場合じゃ無いだろ!早く来い!」

「ふざけてるんじゃないの!本当に勝手に動くの!神夜!」


  よく見ると彩葉の身体がプルプルと震え、動きもどこかぎこちない。さらに身体の周りに黒いもやのようなものが纏わりついている。あれが、彩華を動かしているのか。


「おい。まじかよ…。クソッ!もうちょい耐えろ!!」

「早く!神夜!」


  彩葉の手はもう箱に届く寸前の状態になっている。


「間に合え…!」


  神夜は全力で走った。そして…


「くそっ!!」


 …間に合わなかった。そして、彩華の右手が、箱に触れた、瞬間。


 ゴウッ!!!


 箱が勢いよく開き、中から黒い何かが飛び出してきた。


「っ!…伏せろ!!」


 神夜は彩華を抱き抱えるようにして横に飛んで、床に転がる。そして、そのすぐ上を、黒いものがすうっと出口に飛んでいく。その時、神夜と彩華の頭の中に声が響きわたる。



『今コノ一度ダケ貴様ラヲ見逃シテヤル。ダガ、次ハ無イト思エ。』



 まるで獣が機械を通して喋っているような声は、明らかに今目の前を通っていったものの声なのに、二人とも動くことすら出来なかった。



 やがて声の主の姿が見えなくなり、少したった頃。


「ふぅぅーー」

「…はっ、はぁっ、はぁ、ふぅ」

「彩華。これは…かなりヤバイぞ」

「わかってる。ど、どうしよう…」

「そんなことは決まっている。やつを止める。それしかない」

「そ、そんなこと言ったって!今の見たでしょ!?あんなもの止めれるわけ…」

「だが、やつをこのまま野放しにして良いと思うか?…確実に少なくない被害が出るぞ?さっさと何とかしねーとやばいんだよ!」

「でも!どうやって!」

「…一つだけ希望はある。彩葉、お前が見た白い箱だ。やつは黒い箱に入っていた。何か関係があるはずだ」

「あ!そうか!な、なら、早く上に!」

「たしか、白い箱が落ちてくるのは…」

「そう!この建物の外よ!」

「よし!行くぞ!」


 そうして二人は階段を駆け上がった。

 そして、数分後。外に出ることが出来た。だが…


「お、おい…な、なんだこれは…」

「え、…おかしくない?こんな…こんな雲…見たことないわ」


 空が、黒く、紅く、染まっていた。夜ではない。星の輝きも月の光も全く見えない。

 ただ、分厚い漆黒の雲に、紅い光がまるで稲妻のように走っている。


「…っ!これ…、俺が見た夢と同じ…」

「そういえば、さっきそんな事言ってたけど…神夜も何か見たの…?」

「ああ。見た。だが、そんな事言ってもしょうがない。ここでその白い箱を待つしかない…そもそも来るのか分からんが…まあ今日同じ夢を見て、さっきの事もあるんだ、信じるしかないか…」

「そうだね。…でも次は神夜が開けて」

「べつに構わないけど…いいのか?」

「さっきは私のせいであんなことになった。だから今度は神夜が開けて」

「…まあ別に俺が触ってても同じことになっただろうが…分かった。」

 「──!!見て!」


 彩葉がいきなり空を向いて指を指す。それにつられて神夜も見上げると、漆黒の雲を裂きながら、神々しい一条の光が差しこんで来た。


「あ、あれよ!ほら!白い箱!来るよ!」


 光の中をゆっくりと降りてきたのは、純白の箱だった。


「これが…。いや、これだ。これしかない。さっきの黒い箱に対抗できるのは!」

「神夜…」

「ん?なんだ?」

「いや…なんか…性格変わってない…?」

「何を言っているんだ。そんな事言ってる場合か!」

「そ、そうだよねえ…。あははは…」


 だが、二人は山にいるために気づくことができなかった。街で起こっている惨劇を。そして、すぐ近くに迫っている危険を。


「!!危ない!」

「きゃぁ!」


 突然、彩葉の横の茂みから黒い物が飛び出してきた。神夜が気づき、とっさにかばった。…が。


「ぐっ…!痛ってぇ…!」

「神夜!?て…手が…!」


 神夜の右腕が付け根から無くなっていた。


「ぐああ!くっ!てめえ…!」


 黒いものは、神夜たちと光の間に入った。そして、神夜の腕を取った相手は、


「!…あの黒い化け物!?くそっ!やばい…、!逃げるぞ!」


 そして、神夜たちは一旦その場を離れた。黒い化け物は白い箱の周りを離れようとせず、襲ってくる気配はない。


「し、神夜、腕が…!」

「大丈夫だ。俺のバッグの中の布を出してくれ」

「え?う、うん。…出したよ?」

「貸せ」


神夜は左手と口だけで器用に右腕の傷を縛った。


「とりあえずはこれでいい」

「ほ、ほんとに大丈夫なの?」

「ああ。それより、あの黒い化け物をどうにかしねーと」

「神夜?あれも知ってるの?神夜の夢に出てきたの?」

「…ああ。おそらくは、やつが出したもんだ。正面から挑んでも絶対に勝てない」

「そんな…。じゃあ、どうすれば…」

「彩葉…、聞け。作戦がある。もう少し離れるぞ」

「分かった」



「よし。目的は白い箱を開ける事。そのための作戦会議だ」

「うん。分かった。」

「じゃあ、まず……」

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