『ドラゴンに憧れる少年』後編

「と、父さん。それ本気で言ってるの?」


 マオの父、ハルの言葉に、マオは何度も瞬きしながら尋ねた。


「ああ。あの国とはまだ取引がないからな。ウチの装飾品を売りさばいてパイプを作ってこい。それから、こっちに無いような珍しい物があったら持って帰ってこい。装飾品の素材になりそうなものなら何でもいいから」

「う、うん。ってことは、行っていいの?」

「ああ。今日でマオも十二歳だろ。そろそろ一人の商売人として経験を積まないとな」


 ハルはマオの事を信頼し、仕事を任せてくれるようだ。

 でも、この話の流れだと、マオを一人で行かせるつもりだろうか。正直一人はちょっと不安である。


 店先でそんな話をしていたら、奥から小さな女の子を抱っこしたアネットが慌てて顔を出した。どうやらこっそり聞き耳を立てていたようだ。


「ちょ、ちょっと待って。一人でなんて駄目よ。危ないじゃない。マオはこんなに可愛いんだから拐われちゃうわよ!」

「まぁ、マオはアネットに似て可愛いけどだな。こいつだって男だし、可愛い子には旅をさせよって言うだろ?」

「でも……。そうだわ。私も一緒に行くわ!」


 マオと女の子をまとめてギュッと抱きしめて、アネットはハルに熱い視線を向けた。


「アネットは駄目だ。ガーネットはどうする気だ? それに、アネットは放っておくと何をやらかすか心配だし。マオと二人でだなんて、それこそ危険だ」

「で、でも……」


 アネットはお昼寝中の愛娘、ガーネットを抱きしめ、マオを不安げな瞳で見つめた。


 ガーネットはもうすぐ三歳になるマオの妹だ。マオの赤ちゃんの頃にそっくりらしいが、瞳は琥珀色をしていて、マシュマロみたいに頬がふっくらしていて可愛い。

 父は店を閉めることはしないだろうし、幼い妹と破天荒な母を連れて異国へ行くのは確かに無理だろう。


「それから、俺はマオを一人で行かせるなんて言ってないぞ」


 父の言葉に内心ホッとしつつ、新たな疑問が湧いてきた。


「え? それじゃあオレ、誰と行くの?」

「それはだな……」


 ◇◇◇◇


 それから一週間後。


 マオは旅支度を済ませて転移陣の前に立っていた。

 転移陣で簡単に目的の国へ行くことができるので、往来は楽だ。

 自分の荷物は小さな肩掛け鞄ひとつ。

 アネットから貰った鞄にはいくらでも入るからだ。しかし手探りで取り出さなくてはならないので少々面倒。


 それから父に渡された装飾品の入った四角い手提げ鞄。これが地味に重いのだけれど、商人たるもの商品は常に見えるところに持ち歩くべきだと言われたので、仕方なく手で持っている。


 とりあえず全部売りさばくまで帰ってくるなと言われたが、連絡は毎日することと、週に一回は必ず家に帰ることを約束させられた。


 知らない国へ行くのは不安だけれど、治安はいいと聞いている。

 それに、マオには心強い相棒がついていた。


「おーい。マオ!?」

「フレデリック!」


 小さな布袋を背負って、フレデリックがこちらへ手を振りながら駆けてきた。


「店に寄るんじゃなかったのか?」

「あー。ごめん。忘れてた」


 フレデリックは眉間にシワを刻みながらも、マオに布袋を押し付けた。


「何だよ。これ?」

「魔法道具。父さんがマオにって」

「おお。叔父さんの魔法道具なら最強じゃん」

「まあな。でも、マオにはそいつがいるから大丈夫か」

「ああ。──わん子サマ!」


 マオがその名を呼ぶと、マオの影から黒狼のわん子サマがその姿を表した。


「バゥ!」

「げっ。こいつ喋るんだ。俺は苦手なんだよね。わん子サマ」

「ああ、そうだっけ?」


 わん子サマはアネットが契約していた精霊だ。

 十二歳の誕生日プレゼントとして、アネットから譲り受けたのだ。


「袋の中の道具。説明書つけといたから、ちゃんと読めよ」

「面倒くさ。フレデリックも来ればいいのに」

「嫌だよ。マオと二人旅なんて。四六時中一緒にいるとか無理」

「え。それが理由?」


 一応フレデリックも一緒に行かないかと誘ったのだが、店番があるからと断られていた。てっきり、妹を一人にしておけないからだと思っていたのに。

 こんな奴放っといてさっさと行こう。

 マオは心の中で密かにそう誓った。


「そうだけど? そうだ。お土産よろしくな。それから……くれぐれも気を付けろよ。世界は広く見えるけれど、案外狭いからな」

「はいはい、ご忠告どうも。──じゃ、またな」


 マオはフレデリックに軽く手を振り、転移陣へと飛び乗った。白い光が全身を包み込み、フレデリックの姿が視界から消えていく。


「マオ!──」


 フレデリックが何か言っていた気がするが、それはよく聞き取れず、目を開けると優美な庭園が広がっていた。

 そしてその奥には、真っ白な城が見える。


「ここがルクレスト王国か……」


 ◇◇◇◇


「にぃにいたぁ~!」


 ガーネットは水晶をペタペタと叩きながら声を上げた。そんな愛娘にアネットは水晶に手をかざし微笑みかける。


「にぃにいたね~」


 水晶には、芝の上を歩くマオの後ろ姿が写されていた。ハルはそれを見て呆れ顔で口を開く。


「おいおい。早速ストーキングか?」

「うふふ。二十四時間いつでも監視体制は万全よ!」

「なぁ。マオのケツばっか見てて楽しいか?」

「にぃにのケツ~」

「ちょっと!? ガーネットに変な言葉教えないで!」

「あ。ごめん。でもさ、何で背中ばっかなんだ?」

「仕方ないでしょ。わん子サマの眼を借りて覗き見してるんだから」

「ノゾキミノゾキミ!」


 またもやガーネットが復唱する。これは教育上よくない気がしてきた。

 ハルはガーネットの頭をそっと撫で、瞳を覗き込む。


「ガーネット。これは何か起きたときのために、マオを守るためにしているんだぞ」

「マモル?」

「そうよ。ハルに似てマオはしっかりしているけど、やっぱり心配だもの」

「にぃにマモル~」


「ふふふっ。よろしくね。わん子サマ」

「バゥ!」


 水晶の隣で手の平サイズのわん子サマが元気よく返事をした。ガーネットに撫で撫でされ、ご満悦である。


 ハルは何もない空間を撫でるガーネットを見て首をかしげた。


「もしかして。そこにわん子サマいる?」

「あら。ハルも見えるの?」

「見えないけど。……マオに継いだんじゃなかったのか?」

「半分だけよ。マオと、半分こしたの」


 アネットは瞳は左目だけ紅く、右目は琥珀色をしていた。


「ハンブンコ~」

「ふーん。それで目の色が変わったのか……。オッドアイなアネットもいいな」

「ほ、褒めても何もでないからね!?」

「はいはい」


 こうして、家族に監視されつつ、マオの一人旅(?)が始まったのである。

 果たしてマオは、自分の夢を叶えることができるのか。


 それはまた別のお話で。


 おしまい


◇◇◇◇

 ここまでお読みいただきありがとうございました。

 アネットとハルの息子のマオのお話でした。

 マオは、次作に主人公で登場します! と言いたいところですが、ハルの息子なので、もちろんサブキャラです。

次作は他サイトで先行投稿中です。

→【婚約者に騙されて守護竜の花嫁(生贄)にされたので、嫌なことは嫌と言うことにしました~】




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おとぎ話のような可愛い呪いを~義妹に婚約者を取られた貧乏令嬢は、家族と絶縁して自由に生きることにしました~ 春乃紅葉@コミック版配信中 @harunomomiji

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