(おまけ)後日談の更にその後、別の話へと繋がるお話

『ドラゴンに憧れる少年』前編

※注意※

 後日談アネットとハルのその後のお話です。

 次作への宣伝要素を含みますのご了承下さい。



 アネットは箒に跨がり、長い赤髪を風に靡かせながら、山岳地帯を優雅に飛行していた。


 右手に見えるのは、黒い煙を山頂から吐き出し続ける活火山。

 今にも噴火しそうなその山は、火竜の巣と呼ばれる危険な場所だ。


 何故こんなところにいるのかというと。

 ハルがその山にしかないと言われる紅い宝石をアネットにプレゼントしたいと言い出し、旅行がてら遥々家族でやって来たのだ。


 結婚十周年を祝して、アネットの瞳と同じ色の宝石を贈りたいそうだ。

 別にわざわざ自分で探さなくても、お金さえ積めば手に入る宝石だそうだが、苦労してでも自分で手に入れて、忘れなれない思い出深い十周年にしたいとか。


 ハルは今、地元の人と商談中。採掘許可をもらうついでに、ちゃっかり人脈も得ようとしている。


 アネットは街で買い物でもしようかと思っていたのだが、こうして箒で空を散歩することになった。

 本当ならばこんな危険なところは御免だが、可愛い我が子に頼まれ、断れずに今に至っている。


 アネットの背中には、八歳になる一人息子がくっついている。アネットそっくりの赤髪、垂れ目の少年は、琥珀色の瞳で空を見上げ、遠くの黒い影を指差し大はしゃぎで叫ぶ。


「ママ! あれ、ドラゴンだよ!」

「あれが? 本当にいるのね。マオは目がいいわね」


 黒い影は火山の煙に紛れ、アネットにはよく見えなかった。


 マオは生き物が大好きで、好奇心旺盛な少年だ。ハルに似てアネットのことが大好きで、将来はママか、ママみたいな人と結婚すると宣言している。


 そんな事を言ってくれるのも小さい頃までかな。

 なんて思っていたけれど、八歳になった今でも、ハルと二人でアネットを取り合い、ママ大好き継続中だ。


「ああ~。もう見えなくなっちゃった。……ママぁ。もう少し近づいて」

「仕方ないわね。ちょっとだけよ」


 アネットは火山の上空目指して箒を旋回させた。山の上は黒い煙に覆われ、ドラゴンの姿は捉えられず、背中から残念そうなマオの声がした。


「あーあ。いないや。──ママ。オレ、ドラゴンの背中に乗って、空飛んでみたい」

「へっ!? 駄目よ。危ないもの。ママの箒の方が楽しいでしょ?」

「ママの箒も楽しいけど、ドラゴンの方がもっとカッコいいよ!」


 アネットは内心焦った。まさか、自分よりドラゴンを選ぶとは思ってもいなかった。ライバルは早い内に潰しておかなくては。


「そ、そうかしら? 火竜は人間を見ると火を吹いてくるそうよ。丸焦げになっちゃうんだから」

「ええ~。それは嫌だな。あっ。ドラゴンいたよ! ママ。こっち来るよ!」

「来るって……。ぇぇぇえええ!?」


 いつの間にか黒い影が三つ、黒煙から現れこちらに向かって上昇してきている。そのドラゴンの口元が、赤く光を帯びているように見えた。


「すごっ! 火、吹こうとしてるよ!」


 マオは迫り来るドラゴンに歓喜の声を上げ、アネットは全速力で箒を飛翔させた。


「うそうそ。ムリムリ。丸焦げになっちゃっうわよぉぉぉ!?──わ、わん子サマぁぁぁぁぁ!」


 アネットは咄嗟にわん子サマの名を叫んだ。


 ドラゴンの咆哮と熱風、それからマオの緊張感のない笑い声が入り交じる中、アネットとマオは箒ごと黒い狼──わん子サマに丸のみにされ、間一髪、窮地を脱することに成功した。




 ──それから四年後。



「んであの時、わん子サマの尻尾が丸焦げになったんだけど~、オレと母さんは、無事に転移できて助かったんだとさ。めでたしめでたし」

「すごぉぉい!!」


 とある雑貨屋の片隅で、マオは貴族の子供相手に武勇伝を聞かせていた。子供達の羨望の眼差しに、満足げに微笑むと、徐に背後の棚から手のりサイズの小さなぬいぐるみを手に取り見せびらかす。


「で、この黒い狼のぬいぐるみの尻尾! なんと、本物のわん子サマの尻尾の毛で作られているんだよなぁ~」

「ほ、本当に!?」

「ああ! これさえあればどんな困難な状況に置かれても、成功への道へと君たちを導いてくれるのだろう!」

「ひ、ひとつ下さい!」

「ぼ、僕も!」「私も!」

「はいはい。ご入り用の方はカウンターでお代を払ってくださいね~」


 マオは手早く子供達にぬいぐるみを手渡すと、奥のカウンターを指し示した。


 カウンターでは、マオと同じくらいの歳の少年が、読書に勤しんでいる。


「おーい。フレデリック。ちゃんと接客しろよ~」


 フレデリックと呼ばれた少年は、淡い青色の瞳でマオを睨み付けると、そつなく接客をこなす。そして客が店を後にすると、金色の髪をかき上げ大きくため息をついた。


「はぁ。マオ。人の店で勝手に変な商品売るのやめてくれないか?」

「いいだろ。ここならオレのわん子サマ人形だって映えるじゃん。それに、うちの宝石店には合わないから駄目だって父さんがさぁ」

「流石ハルさん。見る目あるな」


 意地悪く口元を緩ませたフレデリックは、マオの母、アネットの弟の息子だ。従兄弟同士の二人は歳も同じで顔も似ているので、よく双子だと間違われる。


「それどういう意味だよ。ってか、また店番? 叔父さんと叔母さんは?」

「二人は相変わらず忙しいんだよ。あ、そういえば。この前、父さんが転移陣を設置しに行った国。守護竜がいるらしいよ。マオ、そういうの好きだろ?」

「守護竜?」

「ああ。何千年も前から、その国は竜によって守られてるとか」

「そ、それって……。人と竜が仲良しってことか?」

「仲良しって……。マオらしく何だか馬鹿っぽい言い方だな」


 フレデリックは残念なものでも見るような目でマオに視線を向けたのだが、マオはそんな視線などお構い無しで、フレデリックを期待のこもった瞳で見つめ返した。


「馬鹿でも何でもいい! 守護してるってことは、人に友好的な竜ってことだよな!?」

「そんな目で見るなよ。気持ち悪い」

「キモくて結構! っつか、それならさ……」

「それなら?」

「背中に乗せてくれるかも!!」

「はぁ!?」


 大口を開けて呆れ返るフレデリックの髪をくしゃっと撫でると、店の入り口へ向けて走り出した。


「フレデリック、ありがとな! 叔父さんにもグッジョブって言っといて!」

「お、おいっ。どうするつもりだよって……。行っちゃったし、まぁいいか。関わると面倒だし」


 フレデリックは乱れた前髪を直すと、何事もなかったかのように読みかけの本へと視線を戻した。


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