『呪いに魅せられし少女』後編
ハルの顔は見えないけれど。
ハルの胸は暖かくて、凄く胸がドキドキした。
ハルはアネットの耳元で囁いた。
「ごめん。だってアネットが俺を必要としてくれてるって思ったら、嬉しくてさ。ついアネットの口から言わせたくなったんだよ。──俺と一緒にいたいって、俺に聞いて欲しいんだって……。俺はアネットと一緒にいたい。ずっと」
「わ……私……──好きかも」
「え……?」
ハルは手の力を緩めて、アネットの顔を見つめた。
アネットは潤んだ瞳でハルを見上げ、口を開いた。
「ハルのこと…………好き!」
「!!?」
ハルの顔が一瞬で真っ赤になった。
アネットの言葉が嬉し過ぎて、息を吸うことすら忘れてしまう。
ハルは初めてだった。
告白した相手が、自分を受け入れてくれることが。
赤いルビーのような瞳が、自分を見つめている。
ずっと見ていてくれたらいいのに……。
そう思った時、アネットは瞳をゆっくりと閉じた。
これはっ!?
ハルは一度深呼吸して心臓を落ち着かせようとした。
しかし、心臓は益々うるさくなった。
落ち着かせようとすればするほど高鳴る鼓動。
ハルは心臓を諦め、アネット顔を近づけた。
これ以上、レディを待たせちゃ駄目だ。
それに、年上の彼女にリードされるなんて嫌だ。
アネットの唇と、ハルのそれが触れあう瞬間──。
「きゃぁっ」「うわぁっ」
背後から聞き覚えのある声がした。
振り返ると、植え込みから飛び出し、地面に折り重なって倒れたセオとシャルがいた。
その後ろにはルシアンの姿も。
「せ、セオ!? なななななにしてるのよ!?」
アネットは真っ赤な顔で叫んだ。
セオは体を起こしながら、口を尖らせていった。
「ルシアンが、アネットが店に来たって言うから……」
「心配して来てくれたの?」
「ごめんなさい。覗き見みたいなことしちゃって」
シャルが幸せそうな笑顔で謝った。
全く謝られたような気がしないけれど、怒る気にもなれない。
「もう……」
アネットの困っている顔を見て、ルシアンはハルの異変にいち早く気付いた。
「あれ? いつもだったら。ハルさんが、──覗く何て最低だー! って突っ込むところじゃ……」
ハルはアネットの膝に伏せ、心臓を抑えたまま固まっていた。
耳まで赤く染めたハルを見て、アネットは思う。
年下彼氏も楽しいかも、と。
「ハル? 大丈夫?」
アネットが背中に触れると、ハルは勢い良く飛び起きた。
そして、ハルは今にも泣きそうな顔をセオに向ける。
「セオ! 俺……」
「な、何だよ……」
「俺、セオの兄になるから!──アネット。結婚しよう」
「へっ!? けっ、結婚?」
「うん。それがいい。そうしよう!──ずっと一緒に暮らそう!」
アネットの手を握りしめ、ふざけた口調で真剣な眼差しを向けるハル。
照れ隠しだということはアネットにも分かった。
いつの間に、ハルのことが分かるようになったんだろう。
いや、まだまだ分からないことだらけだ。
だから、もっと知りたい。
もっと、一緒にいたい。
「えっと……。その。──こ、こんな人前で何言ってるのよ! ハルのバカぁ!?」
アネットはハルを突き飛ばし、ベンチから立ち上がる。
そしてわん子サマを呼んだ。今日はもう帰ろう。
危うく皆の前で返事をしてしまうところだった。
そんなの恥ずかし過ぎる。
返事は今じゃなくていい。
だって、ハルならきっと──。
「……俺、諦めないからっ!!」
転移する瞬間、ハルの声がアネットに届いた。
瞬きして瞳を開いた時には、もうアネットは自室に戻っていた。
でも、捨て台詞を吐き、走り去るハルの後ろ姿が、目に焼き付いて離れなかった。
◇◇
「邪魔しちゃったわね……」
シャルは静まり返った湖に向かって呟いた。
隣で同じ湖を見つめるルシアンは、肩を落とし、責任を感じている。
「ごめんなさい。僕が……」
「気にするな。ルシアン。見に行こうと言ったのはシャルだ。それで許可したのは俺。それに、多分アネットは……。──まぁいい。帰ろう」
セオは言いかけて止め、そそくさと家路へと向かった。
「あ。セオっ。待って──」
◇◇
それから一ヶ月後。
アフリア領にある小さな小さな教会で結婚式が行われた。
参列者はたった二人。
ルシアンと、ロドリーゴ商会の会長。
今日は身内だけで結婚式が挙げられるのだ。
「うちの馬鹿息子に、あんな綺麗なお嫁さんが来てくれるなんて……ぅぉおぅ」
「会長さん。大丈夫ですか?」
「ルシアン。これで君とも本当に親戚同士だな。息子が嘘つきじゃなくて安心したよ」
「ハルさんは嘘なんか吐きませんよ」
「そうか? ああ。そうだな」
神父の前には、二人の花嫁と二人の新郎が立っていた。
神前で誓いを立て、夫婦になるために。
「お。ルシアンは見ちゃ駄目だぞ~」
「えっ。会長さん。僕は子供じゃないですってば!?」
「ダメダメ~。お子様には刺激が強すぎるな~」
「ぅぅ……」
「ルシアン?」
ルシアンが会長と戯れていると、シャルの声がした。
目の前には、真っ白なウェディングドレスを着たシャルが立っていた。
「ハルのお義父様と仲良くなったのね!」
「はははっ。ハルの、は入らないよ。お義父さんでいいぞ!」
「シャルお姉様、助けて~」
しかし、ルシアンを抱き上げたのはセオだった。
「ルシアンはシャルを守るんだろ。甘えてばかりじゃ駄目だぞ」
「ぅぅ。絶対にセオ兄様の独り占めにはさせないから……」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもないよーっだ。──ねえ。アネットさん。放っといていいの?」
「え? ああ。ハルのお陰で、人を呪うことも止めたみたいだしな。ハルがいないと……またなんかやらかしそうだから、ハルに任す」
「ふーん。セオ、姉離れできたのね!」
「シャル……」
「ハル。私なんかと結婚してよかったの?」
「今更なにを言ってるんだか……俺が毎日プレゼントした愛の言葉はどこへいってしまったのかな?」
湖で告白されてから、毎日のようにハルはアネットの家に現れた。
普通の人はアネットの家に来れない。
しかし、セオもハルの味方についてしまったのだ。
好きだとか何だとか、色んな事をべらべら喋るくせに、目を合わせただけで、赤い顔で黙り込んでしまうハルに、アネットはより惹かれていった。
「うーん。覚えてはいるわよ」
「そ、ならいいよ。アネットは素直で分かりやすい」
アネットの顔は真っ赤だった。言葉と心が、少しだけチグハグなところも、ハルは好きだった。
それから、アネットは人を呪うことはやめ、占い師として女の子のお悩み相談所を開いたそうだ。
たまに……極たまに、悪い男を魔法で懲らしめていることは、皆には秘密である。
情報屋のハルには……全てお見通しですけどね。
おわり
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