『呪いに魅せられし少女』中編

 朝、クレスが目を覚ますと、ベッドにアリスの姿はなかった。森の中を探し回り、山小屋に戻ると、家の前にアリスが立っていた。アリスは右手を握りしめ、ポロポロと涙を流していた。


「アリス!? 怪我はないか。探したのだよ?」

「クレス……。私、この誓約を解きたいの。これは誓約という名の呪いなの。私の魔力を奪う呪いなのよ」

「な、何だって! 一体どうすればいいんだい?」

「分からない。きっと、この呪いをかけた人より力の強い魔法使いなら解けると思うの」

「では一緒に探そう。世界中を回って、探しだそう」

「ええ。ありがとうクレス」


 クレスは山小屋に戻り、いそいそと旅の支度を始めた。


「あの魔女。噂と全然違うじゃない……。でも、いいわ。──いつか絶対、呪いの力を取り戻して見せるんだから……」


 ◇◇◇◇


 アネットは水晶でアリスの動向を見守りながらため息をついた。


「可哀想な子。あれじゃあ一生幸せにはなれないわね。──まぁ。私も似たようなものかしら」


 アネットがアリスに言った言葉。

 ──人を呪っても、自分は幸せにはなれない。誰かを呪うより、誰かを愛する道を探してみたら?──

 これはアネットがハルにいわれた言葉だ。


 アネットも、アリスと同じだったのかもしれない。

 そう思うと、自分が急に怖くなってきた。


 ハルに会いたい。


 アネットはアリスとは違うって、言って欲しい。


「わん子サマ。ちょっとお出掛けしましょうか?」


 ◇◇


 太陽が西の空に沈む頃、アネットはロドリーゴ商会を訪ねた。


「へ? え、えっと、アネット!? いらっしゃいませ。じゃないか……」


 まさかアネットから訪ねてくるなど思ってもいなかったハルは、珍しく慌てた様子でアネットを出迎えた。


「何よ。そんなに慌てて、浮気でもしてたの?」


 アネットは、今までも浮気男達をたくさん見てきた。

 ハルはそんな様子ではないことは分かっている。

 でも、つい嫌みを言ってしまった。


 しかし、目の前のハルはニヤニヤしていた。


「何でニヤつくのよ!? 気持ち悪いわよ!」

「だってさ。……浮気って事はさ、俺とアネットが、まずお付き合いしてる前提でのヤキモチって訳だよなぁ~?」

「へっ!?」

「はははっ。もう仕事は終わったしさ。一緒に王都の夜でも満喫しませんか?」

「……べ、別にいいわよ」


 差し伸べられたハルの手に、アネットは戸惑いつつも自身の手を重ねた。


 ◇◇


 大きな湖が見渡せるベンチに腰掛け、二人は出店で買ったサンドイッチを食べている。


 ハルは高そうな料理店にアネットを連れて行こうとしたのだが、行く先々でアネットが過去の男性経験を思い出し、嫌がったのだ。


「アネット。どうして急に俺のところに来たんだ? 誰かに嫌なことでも言われたのか?」

「え?」

「何か、そういう顔してたから」


 どうやら、ハルはアネットの表情で心の内が読めるようだ。


「うん。……人を呪いたい衝動が抑えられない女の子に会ったの。とても可哀想な子だなって……」

「呪いたい衝動か……。そんな事するより──」

「誰かを愛する道を探してみた方がいいわよね?」


 アネットがそう呟くと、ハルは口元を緩めた。


「……そうだな。まぁ、俺もヤられたらヤり返す派だから、何とも言えないけど。それより……アネットは? 誰かを愛する道に突入中か?」

「へ? 私は……騙されて貢いでばっかりだったから、もう誰も信じたくないの。裏切られるのは嫌なのよ」

「じゃあ……何で俺のところに来たの? 何で俺にそんな話するの?」

「え……?」


 ハルは素っ気なく矢継ぎ早にそう尋ねた。


 何でって……。

 ハルなら、聞いてくれると思ったから。

 なのに、どうしてそんな責めるように聞くの?

 ハルなら──。


 気がついた時には、瞳から涙が溢れていた。

 

「な、何で泣くんだよ? 俺は……」

「だって、ハルなら聞いてくれるって思ったんだもん。ハルなら、私とあの子は違うって言ってくれると思ったんだもん! 何でそんな意地悪言うのよ!?」


 子供みたいに泣き喚くアネットを、ハルは力強く抱きしめた。

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