誤飲
たまには人の言うことも聞いてみるものだと思った午後十時過ぎ、僕は昨日のおじさんを思い出していた。
「明日はこの島以外の釣り場に行くといいよ」
僕はその言葉を信じて、今日は他の場所で釣り竿を振った。結果はなかなか良かったが、その成果はあのおじさんに対する疑念をますます増強させるものになっていた。彼は一体何者なのだろう?
釣り人の僕だからこそ、魚を釣るのが楽しくて海に行くということをよく分かっているつもりだった。しかし、彼はどうやらその気があるようではないらしい。
リビングに新聞が落ちてあった。おそらく、父が夕食をとっているときに読んでいたものだろう。どうやら地方紙のようだ。日付は昨日、僕が島でおじさんと会った日だ。
東日本は明日にかけて大雨の恐れ
神田市でスイーツフェア
海水浴客の男性が溺死、大島付近
大島は海水浴を楽しむ観光客も多く訪れる。そのため、この手の話は夏になるとよく聞くものだ。しかし、その下の記事が僕の目を止めた。
『大島空襲から七十年、犠牲者追悼』の文字。七十年前の今日に大島で精密爆撃が行われ、工場で働いていた多くの学生が亡くなったと書かれている。現地の慰霊碑にはたくさんの献花が行われたようだ。
昨日のおじさんを思い出した。彼は釣れなくてもいいのだと言い、水平線をじっと見つめていた。では、彼は何を考えて釣りをしていたのか。もしかすると、七十年前に不幸にも亡くなった未来ある学生たちを想っていたのではないだろうか。おじさんが釣りをしていた日のちょうど70年前、あの島では多くの人が犠牲者となった。
しかし、彼が僕に島で釣りをしないように伝えた理由まで察することはできなかった。彼の態度や口ぶりからは、あの言葉は単なる私情によるものではないような気がした。ただ一つ考えられることは、彼の言葉に託した望みは僕が昨日考えていたよりもさらに重いものであった可能性があることぐらいだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます