第24話 女子バスケ部のマネージャー

「ファイ! オー! ファイ! オー!」


 凛々しい声をあげて体育館のコートを一心不乱に走り回る集団。彼女たちは女子バスケ部だ。顧問の名前は、蜂谷 明菜26歳。担当教科は数学。趣味はBL本集め。商業の分厚いのから、同人の薄いのまで自分が気に入ったジャンルのものはきっちりと集めるタイプ。その趣味のことを知っているのは、高校時代のオタクの友人と教え子の宮垣 命のみ。彼女にはある悩みがあった。


「はい。集合!」


 明菜が号令をかける。そうすると走っていた女子部員たちが明菜の元に集まってきた。


「みんなも知っての通り、うちのマネージャーの佐山が諸事情により、学校を退学した。よって、今いるマネージャーは2年の利谷としやだけだ」


 癖っ毛が強くて無造作ヘアーの黒髪の少女がペコリと頭を下げた。身長150cm程の小柄で細身な彼女こそが、利谷 茉莉まり2年生。女子バスケ部のマネージャーだ。


「マネージャーが利谷しかいない状況だが、夏合宿は予定通り行う。利谷には負担をかけてしまう。すまないな」


「いえ。いいんですよ先生。蜂谷先生が悪いわけじゃありませんから」


 そうは言っても明菜は、茉莉にあまり負担をかけたくないと思っている。今まで2人でやっていた作業を1人でやるようになるのはハッキリ言って辛いものがある。明菜も同僚が急に休んだ時に皺寄せが来て大変な思いをしたことは何度もある。今回のケースはただ単に休んだだけでなく、永遠に離脱する退学だ。このまま、次のマネージャーが補充されるまでの間、茉莉はずっと1人になる。明菜はそれを不憫に思った。


「さあ、とにかく練習だ。今日はシュート練習を中心にやるぞ」



 ミコトはパソコン室でとあるデータを見ていた。それは女子バスケ部員の名簿。マネージャーの欄に記載されていた名前は3人。3年生の女子と2年生の茉莉と1年生の佐山だ。1年の佐山は退学してしまったし、3年生は夏になると部活を引退しなければならない。ということは、今女子バスケ部にはマネージャーが不足していることになる。


 例年では、マネージャーは2~4人いたから、夏の合宿は問題なく行われていた。けれど、今年は諸事情で1人しかマネージャーがいない。


「女子バスケ部も大変だなー」


 ミコトはまるで他人事のようにそう呟いた。明菜も苦労するだろうなとは思うけれど、ミコトにはどうしようもない。ミコトが得意のパソコンの腕でどうにか解決できる問題でもないからだ。この問題は女子バスケ部のみんなで解決するしかない。


 ミコトはふと疑問に思った。マネージャーの仕事って具体的になにをするんだろうか。そう思って、検索エンジンで バスケ部 マネージャーと検索してみた。


「ほーん。なるほど」


 バスケ部のマネージャーの体験談とかまとめているサイトがあったので、ミコトはそれを見て色々と勉強をした。その体験談が結構面白くて読み応えがある文章をしていたので、ミコトは時間が経つのを忘れて読みふけっていた。最終下校時刻を知らせるチャイムが鳴るくらいに。


「おっといけない。もうこんな時間か。夏は日が長いから、時間の間隔が狂いやすいなあ」


 ミコトをぶつくさと独り言を言いながら、パソコンの電源を落として、荷物をまとめてパソコン室を後にした。パソコン室のカギを返すために職員室に向かうと、そこには明菜の姿があった。


「ん? どうした宮垣。こんな遅くまで残っているのか? もう、ゲーム制作は終わったんじゃないのか?」


「いえ。ちょっと調べものをしてまして」


「ふーん。調べものね。勉強に関することか?」


「違います。バスケ部のマネージャーの仕事について調べていたんです」


「え?」


 その言葉を聞いた瞬間、明菜の中で非常に都合がいい脳内変換が起きた。ミコトは女子バスケ部のマネージャー不足を知っている。だからこそ、ミコトが女子バスケ部を支えるためにマネージャーに立候補しようとしてくれている。マネージャーの仕事を調べたのは全てそのため。ミコトは明菜のためにがんばろうとしてくれている。結果、マネージャーゲット。


「宮垣! そうか。キミが、女子バスケ部のマネージャーをやってくれるのか!」


「え? ええ! なにを言い出すんですか。先生」


「宮垣。私は感動している。女子バスケ部のマネージャーに男子である宮垣が立候補する。これはとっても勇気がいることだ。男子のマネージャーはそこまでメジャーじゃないし、女子が相手なら結構気を遣うことも多い。でも、そういった障害を乗り越えてまで私のために、女子バスケ部のためにその身を捧げてくれるんだな?」


「え?」


 明菜がミコトの両肩に手を置いた。一点の曇りもない期待に満ちた純粋な眼差し。その視線を受けたらミコトは「ただ興味本位で調べただけ」とは言い出しづらくなった。なにより、大好きな明菜の期待を裏切ることはしたくない。明菜のガッカリした顔を見るとミコトも辛い思いをしてしまう。


「あ、そ、その……夏休みは暇だったので、夏合宿の間だけでも手伝えないかなって?」


 ミコトも自分自身でなにを言っているのか全く理解できていない。ただ、夏合宿だけという条件を付けておかないと後々大変なことになりそうだというのは直感的に理解できた。ミコトはパソコン部の部員である。女子バスケ部に正式に入部したら、龍人や絵麻を裏切ることになってしまう。


「うんうん。夏合宿だけでも十分ありがたい。宮垣。私はキミを誇りに思う。キミのような生徒を持てて良かった」


「あ、いやそんな……」


 明菜に褒められてミコトは完全に調子に乗っている。デレデレとした表情を見せて、まるで締まりのない顔。他人から見たら、スケベな目的で女子バスケ部のマネージャーをやろうとしていると誤解されても仕方ないほどに。


 廊下でそんなやりとりをする2人に近づく1人の女子生徒。利谷 茉莉、バスケ部のマネージャーだ。


「蜂谷先生。さようなら」


「お、利谷。さようなら……ちょっと待った。利谷」


 明菜に呼び止められて茉莉は立ち止まった。


「はい?」


「喜べ利谷。バスケ部に夏合宿だけ協力してくれるマネージャーが見つかったぞ」


「え! 本当ですか?」


 茉莉は飛び跳ねて喜んだ。


「紹介しよう。彼こそが、我が女子バスケ部の新マネージャー。宮垣 命だ」


 明菜のその言葉を聞いて、茉莉は目を丸くして驚いている。中性的な顔立ち。ミコトという名前から女子を連想した。だけど、ガタイは女子とは思えないくらい良くて、男子の制服を着ていることから、十中八九男子である。


「えっと……センシティブな話題かもしれないけどごめんね。宮垣さんの性別って男子? 女子? あ、答えにくいなら本当の性別は答えなくていいよ」


 できるだけ言葉を選ぶ茉莉。昨今の事情では、性別を答えたくないという人もいる。そう言った人物にも配慮してあげるのが茉莉の優しさだというものだ。


「いや。僕は身も心も男子なんだけど」


「うぇ!? 男子? あ、ご、ごめん。男子でマネージャーって珍しいから驚いちゃった。その男子だからダメってわけじゃないから気を悪くしないでね」


 茉莉はミコトに対して頭を下げた。ミコトとしては、女子の集団に男子が紛れ込むという状況は警戒されて然るべきだと考えているので、別に気を悪くはしていない。


「こちらこそ、すみません。男子の僕がマネージャーをやるだなんて。変ですよね」


「あーうん。その辺は平気だと思うよ。ウチの子たちに男性恐怖症の子はいないから、拒絶されるってことはないと思う。むしろ、男子に飢えた獣みたいな子たちばっかだから、歓迎されたりして」


「そうだぞ。宮垣。今時は、ジェンダーフリーの時代なんだ。男子だからマネージャーをやるのがおかしいだなんて古い価値観は捨ててしまえ」


 明菜はそう言って笑い飛ばした。そして、この時2人は丁度同じタイミングであることに気づいた。


 夏休みの間、会えないと思っていたミコトと明菜。この2人が女子バスケ部の夏合宿の時に一緒に過ごすことになってしまう。そのことを意識をした2人は、胸の高鳴りを感じた。一夏の思い出ができる。そんな淡い期待に胸を膨らませるのだった。

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女教師の秘密を僕だけが握っている 下垣 @vasita

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